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繚乱ロンド

ある雨の日の物語

作者: 由宇ノ木
掲載日:2021/11/29






時に強く、時には弱く、


掠めるようにふれて、


優しく、激しく、乱暴に、



男の指と唇が肌の上を奏でる。



奏でられ、女は甘い吐息と、からだのせつない痺れに酔いしれた。


快楽の波に堕とされて・・・。



━━━まるでピアノを弾いてるみたい、あなたの指も唇も・・・好きよ


━━━ピアニストらしい褒め言葉だな


━━━ねぇ、もっと近くに来て


━━━からだの奥までか?


━━━そうよ・・もっと熱く奏でてほしいわ


男はふと微笑んで、私の願いを叶えてくれた。







女はイヤリングをつけると、鏡の中をのぞいた。


今夜コンサートが終わったあともう一度会いたいわ


そう言うつもりだった。


鏡に写る男は、スマートフォンで誰かと連絡をとっている。


違う恋人?と、聞いてみたくなる。


からだだけの関係と割りきって付き合い始めたのに、女は男に夢中だった。


ピアニストとして活動を始めた頃にイタリアで出会った男は、日本人らしからぬ体格と顔つきの、精悍な男だった。

曾祖母がイタリア人なのだと聞かされ、親近感がわいた。

女の国籍はオーストリアだが、祖父がイタリア人だった。


男はスマートで、女の扱いにも慣れていた。

食事を振る舞うため部屋に招くと、必ず花とワインを持ってきてくれた。


なんとも言えぬ、危険な雰囲気を纏っていると思った。

友人からはあの男はやめたほうがいいと言われた。

あいつは日本のマフィアの男だと忠告を受けた。


だが、やがてからだの関係を持つようになった。

自ら望んだことだった。


男の、逞しい体に包み込まれる心地よさと、女であることを思いしらされる男の激しい抱きかたは、この上もない悦びを与えてくれた。


ずっと、このままでいられたら。

ピアノを捨ててもいい。

彼のそばにいられたら・・・。


そんな夢を見ていた。


そんな夢を見てどれだけの月日が流れただろう。


女はピアニストとして成功をおさめ、世界中でコンサートを開催できる地位に上り詰めていた。


それでも、男に対する気持ちは変わっていなかった。


そばにいられるならこの地位を捨ててもいい。



男の生まれ故郷である国、日本で初めて開かれるコンサートに、男も祝福をしてくれた。


一流ホテルに招いてくれ、お祝いのプレゼントだと、ダイヤのネックレスとイヤリングを贈ってくれた。


二人きりで豪華な食事とワインに酔って、貪るように抱き合う。


幸せの瞬間━━━━




翌日、コンサートの日は雨が降っていた。

専用のタクシーで会場まで送ってくれると男は言った。


━━━雨だわ。あなたと会った日を思い出すわ


━━━雨の日だったか・・


男は窓の外を見た。


━━━そうよ。忘れてたのね。ひどいわ。コンサートが終わったら・・


言いかけたときに男は窓の外に何かをみつけ、車を止めさせた。


━━━すまない、会場にはあとで行くよ


━━━京・・!?


そう言ってタクシーの運転手に、会場までにはじゅうぶんすぎる料金を渡して、男は車を降りて走り去った。


走って向かった先に女性がいた。

急にひどくなった雨にビルの入り口で雨宿りをしている。

大きな花束を抱えている。


男はポケットからハンカチをとり、彼女の頭や顔を拭き始めた。


コンサートが終わったら、もう一度会いたいわ


伝えられなかった言葉は行き場を失う。


「もう一度会いたかったわ。本当に・・」


飲み込んだ言葉と共に女はコンサート会場へ向かった。



さようならなのね、きっと。



いつのまにか、あなたは・・・






「どうしたんですか?雨が降ってるのに」

京司朗は花束を抱えてずぶ濡れになっているみふゆに問いかけた。

「まさかこんなに降るとは思わなくて・・」

「配達先は?」

「配達日が明日だったので帰るところです」

「・・・・・・・」

「間違えたのは社長ですよ!わたしではありません!・・・えっくしゅん!」

くしゃみをしたみふゆに、京司朗はハンカチを手渡した。


「鼻水を拭いてもいいですから・・・」


手のかかるお嬢さんだな・・・


京司朗は思いつつ、


「いま車を呼びます」と、電話を取り出した。




━━━━さようなら




声が聞こえた気がして、京司朗は降りた車を振り向いたが、そこには通りすぎて行く、知らぬ車の列しかない。


京司朗は屋敷に電話をし、車を呼び寄せた。


「あ、虹だ」


みふゆが空の遠くを見つめてつぶやいた。

京司朗はみふゆの視線の先を見た。


ビルとビルを結ぶように大きな虹がかかっている。


「いいことがありますよ、きっと」


みふゆがくったくなく笑った。


「・・・そうですね」


みふゆの笑顔につられ、同意の答えを京司朗は返した。


虹を見たからいいことがあるだろうなど、以前は考えもしなかったはずだが・・


京司朗は自嘲気味に笑った。


けれど・・・、たまにはいいだろう・・・。



みふゆは虹の美しさと大きさに瞳を奪われ佇んでいる。

京司朗はそれにつきあった。


雲の切れ間から青い空が見えている。


雨はもうすっかりあがっていた。







end


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