95 合理の終焉
ニルと三体のニローダの激戦が続く中、リフレとライハは互いにむかい合っていた。
リフレの両肩に手を置いて、どこか気まずそうなライハ。
対するリフレは準備万端、今や遅しと絶望の受け渡しを待っている。
「……えっと、本当にコレいいのかな」
「絶望を注入するために、もっとも都合のいい方法がこれなのですから仕方ありません。そうですよね、アイリさん」
「そのとーり。アイリたちもよくやってる」
「最近のお子様、進んでるね……」
衝撃的な事実を耳にしつつも、あまり時間をかけてはいられない。
意を決し、ライハはリフレと唇を重ねた。
「ん……っ」
「んぐっ、こく……っ」
口移しで注ぎ込まれる絶望を、のどを鳴らして飲み下す。
そのたびに、自分の中に眠っていた何かが膨らんでいく。
リフレが先天的に持つ『白の因子』と、魔族の持つ『絶望』が体内で調和し、爆発的な力の源となったものが『黒の片翼』。
だが、もともとライハがリフレに注いだ絶望はごくわずかなもの。
ニローダをリフレの中から引きはがすための、ごくごく少量の絶望のみだった。
過剰に絶望を投与すれば憑魔と化す危険があったため、当然の判断と言えるだろう。
しかし、ごくわずかの絶望であれほどの力となったのなら。
限界ギリギリまで絶望を取り込めば果たしてどうなるのか。
その答えは、すぐに出た。
「……っ!?」
ドクンッ!
鼓動が大きく鳴り響き、驚きに目を見開くリフレ。
熱い何かが体の中で混じり合い、感覚が研ぎ澄まされていく。
これまで出来なかったことが出来て当然とすら思える全能感に戸惑いつつも、彼女はそっとライハから唇を離した。
「……ぷぁっ、リフレ、どう? 成功した? 憑魔になっちゃってたりとかしないよね?」
「――まぁ、見ててください」
自信に満ち溢れた様子で、ニローダたちへと向きなおるリフレ。
その背中から、もうひとつの黒翼が現れる。
「すぐにわかりますから」
ニローダに憑依されていた時と同じく、背中に生えた両の翼。
あの時との違いは、純白とは正反対の夜空のような漆黒の色と、そしてもうひとつ。
持ち主の持つ、圧倒的な力。
ギュンッ!!
暴風のような衝撃波を残し、ニルをさらに上回る速度で突進するリフレ。
ニルと高速戦闘を繰り広げていたニローダたちの間にやすやすと割って入ると、まず一人目の顔面に膝を叩きこむ。
次に二人目の顔面を裏拳で殴り飛ばし、三人目の首根っこに回し蹴り。
そのあまりの速度に、三人のニローダが吹き飛んだのはまったくの同時だった。
「お待たせしました。よく一人で持ちこたえましたね」
「リフレ……。その翼は……」
「わたくしの中に眠っていた真の力。引き出すヒントをくれたのはニル、あなたです」
「あたしが……。そっか、へへっ。師匠との約束、守れたかな」
誇らしげに笑うニル。
その背後でニローダたちが起き上がろうとしていることを、リフレは見逃さない。
「わたくしはこれから、ニローダの本体を叩きます。いっしょに来ますか?」
「聞くまでもないでしょ。残れって言ったら逆に怒るよ?」
「ふふっ、そうですね。では、ともに行きましょうか!!」
二人は同時に、はるか上空を目指して飛び上がる。
ニローダたちもライハとアイリには目もくれず、追撃を開始。
「奴ら、必死に追ってくるね」
「『合理』とやらが完膚なきまでに崩されたのです。当然でしょう。いい気味です」
「確かに。アイツに感情があったら、きっとキレ散らかしてるだろうね」
ニローダたちの表情は、今もなお仮面のように凍り付いて動かない。
しかし全力の飛行でリフレたちを追うさまを見れば、どれほど追い詰められているかなど一目瞭然。
彼女たちが留飲を下げるには充分だった。
下方から撃たれる光線をかわしつつ、三万メートル以上を上昇し続けるリフレたち。
やがて二人の視界に、暗黒の空に浮かぶ巨大な球状の機械が飛び込んでくる。
エメルダのドームにあったものと同タイプ。
ニローダの本体だ。
「見えました、アレです!」
「アレさえ壊せば、全てが終わる……!」
右腕を砲身に変え、狙いを定めるニル。
その砲口に魔力がチャージされ、次の瞬間。
チュンッ!
「うぐっ!?」
本体から発射された光線が、ニルの翼の一つをつらぬいた。
「ニルっ!」
「平気! リフレは行って!!」
バランスを崩し落下していくニルに、思わず足を止めて振り向くリフレ。
ニローダのうちの一体がニルの方へとむかっていき、残りの二体が彼女の進路をふさぐように立ちはだかる。
「通さぬ、絶対に通さぬ」
「我には必ず果たさねばならぬ使命がある。使命の障害となるものは排除する」
「――何が使命か。本来の目的を歪ませて、多くの人を傷つけ殺し……ッ!」
同時に襲いかかる二体のニローダ。
『合理』を求め、翼を狙って放たれた光弾を、今のリフレが避けることは容易だった。
「壊れた機械が、神気取りかッ!!」
残像を残すほどの速度で一体のふところに飛び込み、縦方向に回転しながらあごを打ち上げる。
師匠から教わった技のひとつ、昇燕尾。
続けざま、流れるように繰り出したボディブローがもう一体の胴体に突き刺さり、二体まとめて背中から本体に叩きつけられた。
一方のニルは、きりもみ落下しながらも魔力のチャージをキープしていた。
見据える先には残る一体のニローダ。
極大の光球を生み出し、ニルを粉みじんに消し飛ばす腹積もりだ。
「合理を乱す者よ、消え去れ」
「消え去るのは……っ、アンタの方だ!!」
ニルが翼を再生すると当時、下方のニローダにむけて極太の光線を発射。
ニローダの光線と真正面からぶつかり合い、一瞬の拮抗の後。
光の奔流に消えたのは、ニローダの方だった。
「リフレ、決めてっ!!」
敵を消し飛ばし、見上げるニル。
その時リフレは、ちょうど二体目のニローダを殴り飛ばしたタイミング。
「この一撃で、全てを終わらせます……!」
指をカギ爪のように折り曲げ、聖女が飛ぶ。
漆黒の空に翼を広げ、神を気取った傲慢なる機械の元へと。
「鷲爪撃ッ!!!」
ギャンッ……!!!
二体のニローダが張り付いた本体へ、すれ違いざま繰り出される五つの斬撃。
球体ごと五つに分割されたニローダは、最期まで凍り付いた表情のまま。
「終わる。我が合理が、世界が、使命が、終わ」
ドガァァァァァァァァァッ!!!!
本体の爆発とともに、この世界から完全に消滅した。




