93 絶望
肉付きが薄く、攻撃にも使用する手足に本体を仕込む可能性は極めて低い。
仕込むならば頭部か胸部、もしくは腹部に限られる。
リフレとライハの攻撃が、その全ての面積を完膚なきまでに破壊した。
(これで……っ、倒れてくれれば……!)
もし本体を破壊できていたのなら、このまま再生せず消滅していくはず。
無残な姿に変わり果て、ゆっくりと倒れていくニローダを、固唾をのんで見守るリフレだったが。
「――なんのつもりだ?」
「……っ!」
ぎゅるんっ。
一瞬で胴体と首を完全に再生したニローダが、ライハに手のひらをかざす。
大技を出し切った直後で動けないライハの前で、生み出された光球が膨らんでいき――。
「危ないっ!!」
どんっ!
間一髪、飛び込んだリフレがライハを突き飛ばした直後、光の玉が爆ぜた。
放たれた光線はリフレの頭部を破砕。
噴水のように血が噴き出し、首から上を失ったリフレは力なく倒れる。
「リフレ……っ!!」
すぐさまリフレの体をかつぎ、ニローダから距離をとるライハ。
その間にもリフレの頭部は急速に再生していった。
「――っはぁ、げほっ、ごほっ!」
「あぁリフレ、よかった、無事だった……!」
「あの程度で、死にやしませんよ……! ほんのちょっぴり生まれ変わった気分ですが……」
一時的にとはいえ、頭部を失ったダメージは想像以上に大きい。
揺らぐ意識をなんとか保ちつつ、リフレはニローダをにらみつけた。
「しかし、アテが外れましたね……。ヤツの体内に本体はなかった、と考えていいでしょう」
「成程。我が本体が体内に仕込まれている、そう読んだか」
合点がいったようにつぶやくニローダ。
それ以上リフレの狙いが正しかったか否かも口にしないが、その反応と結果からも、体内に本体が無いことは明白だった。
「リフレ、どうする? 次になにか打つ手ある?」
「エメルダさんが外部に置かれた本体の場所を探ってくれています。それまでは――」
『お待たせしました!』
「早いですね!?」
探査が完了するまで、何時間でも持久戦を繰り広げるつもりでいたリフレ。
通信機から聞こえた声に拍子抜けするも、仕事が早いのはいいことだ。
小さなエメルダが、再び通信機の中から現れる。
「こちらは体内に無いことを確認しましたが、やはり本体は……?」
『えぇ、外部にあります。ですが……』
エメルダの表情は、とても朗報を持ってきたと思えない固いものだった。
むしろ最悪の情報をつかんでしまったかのように。
「どこに、あったのです?」
『結論から言いましょう。この塔の最上階地点、そのさらに上空31490メートル。どのような遠距離攻撃も届かない超高空に、ニローダの本体は存在しています』
「……っ!」
「そんな、高さに浮かんで……っ!?」
戦いによりカベと天井が破壊され、吹きさらしとなった最上階。
黒に塗りつぶされたような空を見上げるも、本体は目視できない。
「ジャンプ……できる高さじゃありませんよね」
「たとえアイリがいたとしても、ロロちゃんフライトモードの高度限界をはるかに超えている……。どうすれば……」
打つ手がない。
リフレの片翼に飛ぶ力はなく、二人の攻撃も遠すぎて減衰してしまう。
空を飛べでもしなければ、ニローダを倒すすべはない。
絶望的な事実を突きつけられ、リフレとライハのほほに汗が伝う。
「――そうか」
その時だった。
納得がいった、そう取れるつぶやきを放つニローダ。
「万一にも破壊されないよう本体を設置し、その上で我はその位置を秘匿していた。すべては完璧に勝利を求める、合理のために。しかし事実を知らされたそなたらの、目に見えての戦意喪失。そうか、あえて位置を知らせるべきだったか」
ずっと理解できなかったものの一端を理解した気分なのだろう。
盲点だったといわんばかりに、彼女は何度もうなずいた。
「感情の一切を不要と断じ、計算から外してきたが、このような利用法もあったのだな」
最後にリフレとライハ、二人の顔を見回して、
「それが感情――『絶望』というものか」
そう言い放つ。
ライハは悔しさをあらわにし、足元を殴りつけた。
「……くそっ!」
「……事実、勝機は完全に失われたと言っていいです」
だが、二人は折れない。
顔を上げ、剣を取り、拳をにぎる。
「でもさ、絶望するわけには、あきらめるわけにはいかないんだよね」
「えぇ、私たちには人類すべての、魔族すべての未来がかかっているのですから」
「やはり感情、理解できぬな」
「――じゃあ、理解できないまま死になよ」
ズドドドドドドッ!!
ニローダの背後に打ち込まれる、嵐のような魔力弾の雨。
よろめきながら背後をふり返るニローダの目に映ったのは、亡くなったロロちゃん人形をかかえたアイリ。
そして、四枚の『翼』を背にし、砲門をかまえたニルだった。




