91 ニローダの本体
リフレのはるか頭上、ライハが開けた穴の中からとどろく雷鳴、そして爆発音。
ライハがニローダの本体を破壊した音だと、彼女はすぐに理解する。
「やったのですね、ライハ!」
言葉にせずとも完璧に伝わったことに、思わず笑みを浮かべるリフレ。
「これで本体は破壊した。となれば――」
ニローダは壁にめり込み、微動だにしない。
おそらく本体を失ったことで活動を停止し、じきに消滅していくのだろう。
エメルダにニローダ討伐の報告をするため、リフレはえりにつけた通信機のスイッチを入れた。
「エメルダさん、聞こえますか?」
『――ザザっ。……し、――しもし、リフレさんですか?』
「えぇ、わたくしです」
最初こそノイズ交じりだったものの、すぐに鮮明な音声が届く。
「ちょうど今、ニローダの本体を破壊し――」
「想定内だ」
「――っ!?」
リフレの視界を、一瞬にしてニローダの顔が埋め尽くす。
直後、腹部に走る猛烈な痛みと衝撃。
自分の体が真上に打ち上げられる段階で、リフレはようやくニローダが動き、自分の腹を蹴り上げたのだと理解する。
「――がっ、ごほっ!!」
『リフレさん、大丈夫ですか!? いったいなにが……!』
肺の中の空気がまるごと押し出される感覚を味わいながら、ライハがあけた穴の中を真上に飛ばされていくリフレ。
上昇し続け、ようやく勢いが弱まったのは最上階のドームに突入したとき。
回転して体勢を立て直し、着地する。
「リフレ!? どうしたのさ、すごい勢いでぶっ飛んできて!」
本体を破壊して一仕事終えた気持ちになっていたライハも、これには目を丸くした。
「ライハちゃんが恋しくて追っかけてきた……って感じじゃなさそうだね」
「バカ言ってないで、ゲホっ、ください」
ライハに視線をむけ、彼女の背後にある破壊されたコンピュータを確認するリフレ。
間違いなくエメルダのものと同タイプ。
ニローダの本体が破壊されたことを確かめると、再び通信機に呼びかける。
「……ライハもエメルダさんも聞いてください。信じがたいことが起きました。本体を破壊したにもかかわらず、ニローダは健在です」
「えっ――!?」
『そんな……、ありえません! 先に説明したとおり、ニローダの唯一の弱点は本体を叩かれること……!』
「ライハが破壊したものが、偽物だという可能性は?」
「――本物だ」
「……っ!?」
リフレの疑問に対する回答が聞こえたのは床の穴。
直後、穴の中を金色の光が満たし、
ドガァァァァァっ!!!
爆発とともに大穴が開通。
翼を広げたニローダが、ゆっくりと浮上する。
「たった今破壊されたものは、まぎれもなく我が本体。……より正確に表現するならば、かつて本体だったもの」
「どういう、ことです……?」
「エメルダとの接触を許した時点で、我が本体の情報が漏れていると考えるは自然なこと」
ニローダの言葉にリフレは心の中でうなずく。
当然ニローダも想定に入れていたはず、と。
だからこそ、頂上に行かせないためにエレベーターで戦闘をしかけてきた、と思っていたのだが。
「ならば、その対策を打つこともまた自明の理」
「なるほどね。つまり本体をコピーするなりバックアップ取るなりして、別のなにかに移し替えた……と。そんなところかな」
「否定はしない」
肯定と取れる発言。
しかしそれ以上、ニローダが自分の不利になる言葉を発することはない。
無駄な話は終わったとばかりに、浮遊する自身の周囲に巨大な光球を五つ生み出した。
「……新しい本体の場所も教えてほしいんだけどなぁ」
「不合理。これ以上の対話には応じない」
「ま、そうだろうね。ってことで、リフレ!」
「えぇ、力ずくで聞き出しましょう」
「いやいや、戦いながら探しだそうよ……。たぶんアイツ、ブン殴っても顔色ひとつ変えなさそうだし絶対教えてくれないって」
腰を落としてかまえるリフレと、そのとなりで剣を抜き放つライハ。
並び立つ二人に対し、ニローダは大きく手を横に振る。
直後、五つの光球が輝きを増し、極太の光線が五本同時に発射された。
薙ぎ払うように壁や天井を削りながら迫りくる攻撃。
二人はそれぞれ隙間を縫うように走り抜け、先にライハがニローダの懐へと飛び込んだ。
「紫電……、一閃ッ!!」
繰り出されるは、並みの相手では攻撃の目視すらできない、雷をまとった神速の突進。
ところがニローダは的確に、彼女の軌道上へ極小の光球を無数に配置。
そこから網目状に光線を照射し続けることで、レーザーネットの罠を仕掛けた。
「――、まず……っ!」
このまま突っ込めば、確実にサイコロ状にスライスされる。
とっさに起動をそらし、トラップへの突撃をなんとか回避するも、ライハの突進はあらぬ方向へと逸れていく。
魔王の攻撃をいなしたところで、
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
次にリフレが襲いかかる。
オートヒールを持つ彼女に対して同じ手段は通用しない。
たとえ体をスライスされようが、一切ひるまずにむかっていくだろう。
彼女は両手の指をかぎ爪のように曲げ、『黒翼』の力を全開にして、
「鷲爪連撃ッ!!!」
全力の鷲爪撃を両手で、次々と放つ。
エレベーター上の戦闘で出したものとは比較にならない、攻撃の余波で壁を、天井を軽々と破壊するほどの威力。
距離をとりながらの高速移動でこれを回避しつつ、ニローダも極太の光線をリフレに放ち続ける。
互いに何度も攻撃がかすり、しかし致命傷には至らない。
リフレが再び間合いをとる頃には、雲上の島ひとつほどもある頂上ドームの壁と天井は完全に消し飛んでいた。
「なかなか素早いですね……。しかし、とらえられない速度ではありません。次は一撃に集中して――」
『妙です』
通信機の中から、小さな半透明のエメルダがひょっこりと顔を出す。
「……? エメルダさん、その姿は……」
『そちらの様子を視認できるように調整しました。負荷が増大しますが、そうも言っていられません。そんなことより、ニローダの攻撃です。妙だとは思いませんか?』
リフレに代わって再びニローダにむかっていくライハ。
一直線な突進攻撃をやめ、身軽に斬り結ぶ彼女に対し、ニローダは大光球を作り出して床に叩きつけ、大爆発を引き起こしていた。
『先ほどのリフレさんへの攻撃といい、今といい、ニローダは周囲の被害を気にしていません』
「それが何か……?」
『つまり、本体が攻撃の巻き添えになることを恐れていない。……これって、本体の位置を特定する重大なヒントだと思いませんか?』




