09 認めない
リフレとライハがむかい合い、互いに戦闘態勢を取る。
直感的に危険を感じたニルが物影に身を隠した直後、二人の激突が始まった。
突進からの正拳をくり出したリフレ。
対するライハは腕をクロスさせ、攻撃を受け止める。
衝撃波がほとばしり、大量の土煙を巻き上げた。
「いいパンチだね……。本気で殺すつもりのヤツだ」
「当然でしょう。『死』それ以外、魔族に救いなどありません」
「ひどいなぁ、108年来の親友にむかって……、さっ!」
ライハの反撃、上段への回し蹴りをバック転で回避し、反動をつけて殴りかかるリフレ。
左右の連打をさばきながら、ライハは対話を続けようとする。
「積もる話がたくさんあるんだよ。思い出話に花を咲かせたいしさ。いったん手を休めない?」
「黙りなさい、魔族と暖める旧交など持ち合わせていない!」
顔面をねらった鋭いジャブがライハの鼻先をかすめる。
一瞬、体勢が崩れかかったところを見計らい、リフレは指をワシの爪のように折り曲げ、ふりかぶった。
「鷲爪撃!」
ギャンッ!
切れ味鋭い一撃がライハの胴をかすめる。
腹から脇腹にかけて四本の傷が走り、やぶれた服の下から緑色の血が垂れた。
「うれしいね、今でもちゃんと約束守ってくれてるっ。技の名前、口に出したほうが気持ちいいでしょ?」
「……ッ! 黙れ、黙れ黙れ黙れ! 魔族ごときが、あの子との思い出を我が物顔で口にするなッ!」
「うーん……、その反応は嬉しくないなぁ。大事に思ってくれてるって伝わってくるけどさ」
二撃、三撃と続けざまにくり出される鷲爪撃をかいくぐるライハ。
リフレの動きが一瞬だけ止まったスキをつき、鋭い回し蹴りを放つ。
とっさに上体をそらしたリフレの鼻先を、ライハのブーツがかすめていった。
「私はまぎれもない、本物……だよっ!!」
リフレが体を引きもどした瞬間、
バギャッ!
さらに深く踏み込んだライハの二段構えの回し蹴りが横っ面を叩く。
「ぐ……っ! あなたが、あなたがライハのはずがない……ッ!」
しかし、受けたダメージはオートヒールで即座に回復。
痛みも彼女をひるませるには至らず、
ドボォ!
「うげっ……!」
リフレの正拳がカウンター気味にライハの腹部へと入った。
さらに追撃のアッパーが彼女のあごをカチ上げ、上方へと吹き飛ばす。
が、ライハもすぐに体勢を立て直し、空中でくるりと回転。
身軽に着地すると、緑色の血が混じったつばを吐き出した。
「……ガンコだなぁ。わかっちゃいたけどさ。憑魔になると人間だったころの人格が全部消し飛んじゃう。そう信じ込んでるんだもんね」
「ちがうとでも……?」
「ちがうよ。少なくともあたしはちがう。108年の昔から、あたしの根っこは何も変わっていないつもりだよ」
「……どの口が。わたくしが目覚めたばかりで何も知らないとお思いで?」
怒りにギュっと拳をにぎりしめて、リフレは魔王をにらみつける。
親友のかたちをした、倒すべき魔王へと憎悪をみなぎらせる。
「ここの人々が、魔族による搾取と支配を受けて苦しんでいる光景を、わたくしはたしかに見ました。他の区域でも、魔族の悪逆非道が横行しているのでしょう。それをさせているのは、許しているのはあなたでしょう」
「否定はしない」
「あなたがライハなら、絶対にそんなことは許さない! 魔族に苦しめられる人々を救うため、あの子は命懸けで戦った! ライハは絶対に、こんな世界を良しとしない!」
「そうだね。どんな理由であれ、許されることじゃない。言い訳なんてするつもりないし、許してくれとも願わないさ」
「……わたくしも、あなたを許しません。これ以上、ライハを侮辱するつもりなら――今すぐ死んでもらいます」
リフレの全身から殺気が立ち上る。
これ以上の言葉を交わすつもりはないという意思表示。
ライハは首を左右にふり、小さくため息をつくと、
「できれば穏便にすませたかったけど、もうムリか」
背中に背負った長剣を引き抜いた。
「手足四本、斬り落とさせてもらうよ。そうでもしなきゃ運んでる途中で殺されかねない」
「手足が無ければ噛み殺します。その前にすぐ生やします。そもそも斬り落とさせません」
「怖いなぁ。しっかり意識ごと刈り取らないと」
ライハの魔力が刀身に電撃をまとわせる。
彼女の得意技、雷鳴斬。
しかし人間だった頃と異なり、電撃は黒く禍々しい光を放っていた。
「結局この技、雷鳴斬に統一したんだよね。ライトニングスラッシュも捨てがたかった――」
「黙りなさい」
「はいはい。……もう終わらせようか」
ともに戦い旅した二人は、互いの手の内を知り尽くしている。
どちらが勝つにせよ、次が最後の激突になると二人は悟っていた。
半身になって腰を低く落とし、弓を引き絞るように右拳をかまえるリフレ。
長剣を両手でかまえ、切っ先を相手にむけるライハ。
数秒の間にらみ合いが続き、二人が動き出したその瞬間。
「その勝負、水入りだよ」
ギャンッ!
四列の斬撃が二人の間の地面をえぐり、巨大な地割れを作り出した。
リフレと同じ鷲爪撃、しかし威力はケタ違い。
二人は足を止め、小屋の上で腕を組む老婆の姿を見る。
「あんたは……!」
「ま、まさか……、お師匠さま……?」