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88 さいごのおねがい




 サムダの本来の任務は、人類を滅ぼすための尖兵として真っ先に現実世界へと切り込むことだった。

 その役目にうってつけだったのが、クタイの速度、マルーガのパワーと並ぶ彼女本来の力。

 すなわち、不死に等しい超再生能力。


 ところが、現実世界に物理的な干渉を行うためには人間の体を乗っ取ることが不可欠だったことが判明。

 異形化した人間の体を使えば本来の能力を発揮できるものの、侵攻開始の時点ではまだ不可能である。


 この誤算に師匠の肉体を乗っ取ることで対応したサムダだったが、このままでは再生能力はまったくの無駄となってしまう。

 そこでサムダは、ニローダが現世に降臨するための器を保護する役割として、自身の能力を『作り出された赤子』であるリフレに移し替えたのだった。


 こうしてサムダから再生能力は失われたのだが、ニローダの手元にはもう一つ、再生能力を持つ手駒が残されていた。

 それがサンティ。

 三体の部下の能力のオリジナルとなった者。

 戦闘力を高めすぎたがために理性と知性を失った、プロトタイプの失敗作である。




 ズボォ……ッ!


「あ゛……、けぽ……っ」


「ア……、アイリッ!!!」


 背中からみぞおちにかけて貫通した丸太のような巨腕を引き抜かれ、アイリは前のめりに倒れていく。

 彼女の背後には、皮膚がめくれてむき出しになった筋繊維から血を滴らせ、再生していくサンティの姿。


 ドサ……っ。


 倒れ伏したアイリにトドメを刺すため、サンティはもう一度拳を振り上げる。


「……ッ! うあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 追い打ちを阻止するため、アイリを死なせないため、ニルは叫びながら魔力弾を乱射する。

 再生中の肉体に元の強度は戻っておらず、異形は再び肉片となってはじけ飛んだ。


「アイリ! アイリ、しっかりして!」


 急いで駆け寄りアイリを抱き起こすニル。

 まだ息はあるものの、彼女の腹部には大きな穴がぽっかりと開いていた。


「こ、この傷……っ。こんなの、どうしよう、どうすれば……」


「こほっ、けほ……っ。に、ニル……」


「あ……」


 震えた小さな手が、ニルのほほに添えられる。


「アイリとしたことが、うっかり、しちゃった……。ごほっ、げほっ!!」


「しゃべっちゃダメ! ……そ、そうだ、リフレだ! リフレならこんな傷すぐに――」


 とっさに口にしてすぐ、それが不可能だと思いなおす。

 今リフレがいるのははるか上空。

 危機を知らせる手段がない上に、たとえ知らせることができたとしても、おそらく。


「アイリ……。もう……、ダメみたい、ね……」


 おそらく、もう間に合わないだろう。


「嫌……。いやだよ……。そんなこと、言わないで……」


 ふるふる、ふるふると、何度も首を左右にふるニル。

 その瞳から、自然と涙の粒があふれだす。


「アイリのために……、泣いてくれるの……。むふ……っ、うれしい……」


 アイリはどこまでも自分に正直に生きている、誰よりも魔族らしい魔族。

 たとえこのような時にでも、ニルの自分への思いの強さを実感し、心からの喜びを表にする。

 そして、正直な欲望を一切の遠慮なく口に出す。


「アイリを、失う絶望……。どれくらい……、おいしいの、かな……? ね……。食べ、させて……?」


「そ、そんなお願い……、聞けないよ……!」


「いぢわる、しないの……。お願い……。きっともう、時間ないから――げほけほっ!!」


「……!!」


 激しくせき込むアイリ。

 ニルの中で喪失の絶望が現実味を帯びていく。

 その深さと大きさは、ジャージィの母が死んだときより、師匠の死を報らされたときよりもずっと大きく、ずっと深い。


「わ、わかった……っ」


 彼女の『さいごのおねがい』を聞いてあげることは、彼女の死を受け入れることに等しい。

 だからこそ、聞きたくなかった。

 同時に、最期の望みだからこそ聞いてあげたかった。


 張り裂けそうな胸の痛みを抱えながら、アイリへと唇を寄せる。

 過去二回、喪失の絶望を口移しで受け渡したことを思い出しながら、


「ん……っ」


 唇を、重ね合わせる。


「こく……っ、こく……っ」


 喉を鳴らし、注がれる絶望を飲み下していくアイリ。

 しかしどれほど絶望を注いでも、ニルの中から絶望が消えることはない。

 尽きることなくあふれる絶望を抱いたまま、彼女は唇を離した。


「……おい、しい。今まで食べた……、どの絶望よりも……」


「うっ……、ひぐ……っ」


「こんなに……、アイリのこと……。想って、くれてたのね……?」


「そうだよ……! だから、だから……っ」


 だから死なないで。

 そう口に出す前に、アイリはそっとニルのほほをなで、


「しあわせ。ごち、そう……、さま……」


 二コリと、薄く笑った。


「アイリ……っ!」


 彼女の手に自分の手を重ねた直後、すっ、と、アイリの手から力が抜ける。


「……アイリ?」


 呼びかけても、何も返ってこない。

 目を閉じたまま動かない彼女の体をそっと横たえて、ニルは茫然と立ち尽くす。


「ウグアァァァ、ぐぁうるぅぅぅ……!」


 ふと聞こえる、耳障りな声。

 完全に再生を完了したサンティが、ニルへと襲い掛かろうと上げたうなり声だ。


 迫る危機にもまったく反応しないニルに、サンティは一切の遠慮なく襲いかかる。

 その拳が振りかぶられ、ニルの頭を粉砕した、と確信した直後。


 フッ……。


 そこにいたはずのニルの姿がぶれ、


 ドギャッ!!!


 鋭い蹴りがサンティの顔面へと突き刺さる。


「グギャゥっ!?」


「――許さない」


 残像を残すほどの速度と威力に吹き飛ばされ、足裏で床をすべって数十メートル後退するサンティ。

 手痛い反撃を受けた異形が目にしたのは、背中から四つの白い翼を生やしたニルの姿だった。


「……消してやる。この世から、肉のひと欠片も残さずに……!」




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