84 罠
ニローダと異形の敵の突然の襲撃。
全員に緊張が走る中、ライハはニローダをにらみつけながら背中の剣を抜く。
「面とむかってじゃあはじめましてだね、ニローダ。そんな顔してたんだ」
その切っ先を敵にむけ、彼女は吐き捨てるように啖呵を切った。
「たとえリフレじゃなくてもさぁ、その顔にもう二度と剣をむけたくなかったのに。最低の気分だね、偽物野郎が」
「偽物? それは正確な表現ではない」
ライハの言葉に対し、ニローダはあくまで冷静そのもの。
一切の表情を変えることなく、淡々と事実との食い違いを指摘する。
「その娘は元来、我が物質世界での器とするため生み出したもの。ベースはこのニローダだ」
「聞いてもいないことをブツクサブツクサと。あたしの心がムカつくって言ってんだ」
「心? 不明慮な発言に返答は持ち合わせない」
「あぁそうかい……!」
怒りとともに、ライハは自らの魔力を雷に変換。
それを自身の剣にまとわせ斬りかかる、呼吸をすることと同じくらいに出来て当然の工程を踏もうとし、
「……?」
剣が雷をまとわないことに、気がついた。
「な、なんだこれ……!」
「ライハ、どうしたのです……?」
「雷が出ない……。これって、まさか――」
ゴォッ……!
「っ!」
戸惑いから生まれた一瞬のスキをついて、巨体の異形――サンティがライハへと殴りかかる。
筋骨隆々の腕から繰り出される超高速の一撃は、直撃すれば間違いなく致命傷。
とっさに止めにかかろうと飛び出すリフレだが、
「どこへ行こうというのだ?」
さらなる速度でニローダが割って入り、リフレの拳を受け止める。
その間に、振り切られた拳がライハを襲った。
ガギィィィ……ッ!!
「ぐっ……!!」
刀身で攻撃をガードするライハ。
しかし拳による衝撃は殺しきれず、大きく後ろに吹き飛ばされる。
「まず――っ」
彼女の背後にはなにもない。
エレベーターを覆う防護壁に落下防止の効果はなく、このままでは高速で上昇する台座の上から弾き出されてしまう。
「ロロちゃん人形、マジカルネット。……?」
すかさずロロちゃん人形を起動させるアイリだが、またも何も起こらない。
魔力ネットがクマの口から飛び出してライハを受け止めるはずなのに、ロロちゃん人形はまったく反応しない。
リフレがニローダに押さえられ、アイリの人形が起動しないこの事態に、弾かれたように飛び出したのはニル。
異形の右腕をブースターとしてライハの飛ばされる先に回り込み、急停止。
ガシッ!
一回り大きいライハの体を受け止めた。
「んぐぅぅぅぅっ……!」
当然衝撃は殺しきれず、床の上を背後にすべっていく。
歯を食いしばり、両の足を踏ん張って必死にこらえ、
「……っはぁ」
なんとか、落下寸前での停止に成功。
後頭部をすさまじい風圧がなでつけ、ニルの背筋に冷たい汗が垂れ落ちた。
「助かったよ、ニル。まさかキミに救われるなんてね」
ニルが救ってくれたことに、ライハは内心驚いていた。
魔族の長であるライハに対し、ニルは決して良い感情を持ってはいない。
魔族に対する心証が変わり始めている今でも、根付いた思いは簡単には変えられない。
それでもとっさに体が動いたのはなぜだろう。
リフレの大事な人だから?
アイリの命をつなぐ存在だから?
果たして自分はそんな打算で命をかけて動いたのだろうか。
「……別に」
自分で自分の感情が処理できず、結局ニルはぶっきらぼうにそう答えた。
「それより、何あのザマ。アイリも、人形どうしたのさ」
「それね。……このエレベーター、どうやらあたしたち、もう罠の中みたいだ」
「どういうことですか、ライハ」
ニローダと数度の攻防を繰り広げたあと、リフレは敵から飛び離れライハたちのそばに着地。
彼女の言葉の意味を問いかける。
「あたしの魔力、アイリの人形。おそらくヤツはドームの襲撃で、あたしら二人の魔力の波長を完璧に分析した」
「アイリ、はあく。このエレベーターを覆う防護壁、アイリと魔王様の魔力を封じるジャミングの役目も果たしてる?」
「正解――だよね、ニローダさん?」
「肯定しよう」
あくまで無感情に、ニローダは答えた。
「この昇降装置は49620メートルを移動する密室。頂上付近にたどり着けば、また下降を開始するようセットしてある、脱出不能な密室だ。そこに敵を封じ込め、弱体化させた上で最高戦力を投入する。こちらの勝利の可能性が最も高い戦術を選択した」
「けっ、コスイまねしやがって」
悪態をつくライハだが、たしかにこの戦術は嫌というほど有効だ。
おそらくこのフィールドは、ロロちゃん人形だけでなくアイリの『真の力』まで封じてしまっているだろう。
敵は二人、うち一人はニローダ。
狭い足場の中で、リフレは戦力外の二人と未熟なニルをカバーしなければならない。
(クソ、ここに来て足手まといになるなんて……!)
悔しさに歯がみするライハ。
リフレは険しい表情で拳を固め、並び立つニローダとサンティに向かい合う。
その影で、ニルはアイリへ視線を送った。
アイコンタクトでその意図を汲み、アイリとニルがうなずき合う。
「ではこれより、我が目的を遂行する」
「させません。あなたたちはここで、必ず……!」
二対一、リフレの決死の戦いが始まる、と思われた次の瞬間。
「そう何もかも、計算通りにいくと思うなよ」
ギュンッ!!
右ひじをブースターへと変えたニルが、敵へとめがけてまっすぐに飛び出した。
 




