83 天を目指して
押し寄せる天の御遣いの群れを薙ぎ払う、ライハの一閃。
一太刀で十数体の白の異形が上半身と下半身を分かたれて絶命する。
「……ふぅ。だいぶ登ってきたね」
背中のさやに剣を納め、ライハは後ろに続くリフレたちをふり返った。
今、彼女たちがいるのは白の巨塔の中腹あたり。
突入してから群がる白の異形たちを蹴散らし続け、一気にここまで駆け上がってきた。
「しかし、まだ中ほどです」
「いったい何階あるのさ、この塔は……。雲下から雲上までより絶対高いよね」
「ロロちゃんマーク2、高度計測機能。現在、高度53025メートル」
「そんなに」
「宇宙空間のない精神世界とはいえ、デタラメ極まりない高さだね……」
具体的な数字を耳にすると、さすがに気が遠くなる思いがする。
「ま、どんだけ高くても進むしかないんだし。元気出して行こー!」
おー、と拳を突き上げるライハ。
乗ってくれたのはアイリだけだったが、
(ライハ、変わりませんね……。二人で旅をしているときも、いつもこうして盛り上げてくれて……)
また一つ、あの頃と変わらぬライハの一面を見て、リフレは口元を緩ませた。
一行は塔の外周、ゆるやかな上り坂となっている通路を抜けて内部へと続く道へ。
敵を蹴散らしながらまっすぐ進み続けると、円形の吹き抜けのような広大なフロアに出た。
丸い壁面に階段やスロープなどはなく、フロアの中心に円形の台座のようなものが鎮座している。
「行き止まり……でしょうか」
「違うね。コイツはエレベーターだ」
台座の上に乗り、そなえ付けらえたタッチパネルを操作するライハ。
すると台座から上方へ、光のリングが道のように連なって現れた。
「これに乗れば、一気に上まで行けそうだよ」
「ですが、罠の可能性だってあるのでは?」
ここは敵地。
塔の中は、いわばニローダの掌の上も同然だ。
リフレの警戒も当然といえる。
「そうだね。その可能性も充分だ。でも、他に道は見当たらなかったし……」
「ロロちゃん人形フライトモード、この高さじゃさすがに魔力が持たない。そもそも四人は重量オーバー」
光のリングははるか高く、視認不能な距離までのびている。
もしも頂上付近まで続いているのなら、数万メートルの高さを進まなければならない。
リフレたちの跳躍力、身体能力をもってしても、自力で登ることは不可能だろう。
「危険を承知で行くしかないよ」
「……そうですね」
ライハの言葉にうなずき、それぞれがエレベーターに乗り込む。
すると台座が魔力光を帯び、円形の台座が高速で、音もなく上昇し始めた。
「不思議ですね、上昇の圧を感じません」
「風も感じないし、振動とかも全くない……。これ、どうなってるんだろ」
高速で上昇しているにもかかわらずの快適性に、リフレとニルが疑問を漏らす。
「たぶん防護フィールドか何かで守られてるんだろうね。ただ……」
ライハが台座の外に手を伸ばした。
直後、すさまじい風圧が手首から先を襲い、彼女はすぐさま手を引っ込める。
「……っと。こんな風に落下防止機能はついてないから、落ちないようくれぐれも気を付けて」
「アイリりょーかい。ずっと真ん中にいる。ニルもおいで」
「う、うん」
ニルの手を引いて、エレベーターの真ん中へむかうアイリ。
その様子を見送ると、リフレはライハが難しい顔で考え込むしぐさを目にした。
「……どうかしましたか?」
「うん。ついさっきのドームでの襲撃。アレ、何が目的だったんだろうって」
「それはもちろん、エメルダさんが持つ情報をわたくしたちに渡さないための口封じ、なのでは?」
「だとしたら戦力の規模が小さすぎる。少なくともあたしは、ヤツと一度戦ってるんだ。口封じまでの足止めとはいえ、あの程度でどうにかできる相手とニローダが判断したとは到底思えない」
中途半端な戦力をぶつけた、不可解な襲撃。
撃破・陽動以外で考えられる目的といえば……。
「……情報収集、でしょうか」
「かもしれない。もしそうだとしたら、リフレとニルが出なかったのは大正解だね」
「えぇ。わたくしもニルも、この塔に入ってから何度も戦闘をしていますが、本気は出していませんし」
特にニローダが離れたことで手に入れた『黒い片翼』。
打倒ニローダのため、この上ない切り札になるはずだ。
「ともかく用心していこう。いつどこで、どんな罠が待ち構えているか――」
ズウウウゥゥゥゥゥ……ン!!
その時、エレベーターを揺るがす地響きとともに、上空から白い巨体が舞い降りた。
筋骨隆々の肉体に、背中に生えた四つの大きな翼。
頭部は年老いた老婆にも似た、おぞましい姿の異形だ。
「こいつは……っ」
「その者の名はサンティ。マルーガ、クタイ、そしてサムダのベースとなった戦闘特化の試作型だ」
「……っ!?」
背後から聞こえた声に、リフレとライハが同時にふり返る。
そして二人は同時に、驚きに目を見開いた。
なぜならば、
「わ、わたくし……?」
顔立ち、声、背丈、細部に至るまでリフレとうり二つの女性が、そこに立っていたからだ。
「どうして、リフレが二人――いや、違うね。リフレとは似ても似つかない機械的な声、表情……。お前が……っ!」
「名乗らせてもらおう。我が名は『ニローダ』」




