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82 合理と感情




 戦いを終え、ライハとともにドーム内へと戻ってきたアイリ。

 彼女はニルを見て何やらうなずくと、つかつかとニルの前までやってきて、


「ニル。ん」


「……?」


「ん」


 おもむろに、無言で頭を差し出した。

 困惑のるつぼに落ち、完全にフリーズしてしまうニル。

 いったいこの子はなにを求めているのか、自分の知識を総動員して思考をフル回転させるものの、答えは出ず。


「……あの、なにしてるの?」


「アイリ、がんばった。いいこいいこしてほしい」


「あー……。前になんかやってもらった気が……」


 クタイと名乗った白の異形との戦闘中、アイリに頭をなでなでされたことをようやく思い出す。

 どうやらアイリは、ニルの方からそれをやってほしいようで。


「……えーっと。いいこいいこ……?」


「むふっ」


 やり方を思い出しつつ、アイリの頭をなでなで。

 大満足のホクホク顔なアイリを前に、ニルの頭の中には、クエスチョンマークが大量に浮かぶ。


(これ、なんの意味があるんだろ。……ま、いいか。アイリが嬉しそうだし)


 行為の意味こそ理解できないが、アイリの嬉しそうな顔を見ているとニルの口元も自然とゆるむ。

 それだけで、きっと意味はあるのだろう。

 そう考えつつ、ニルはなでなでし続けた。


「ふふっ。あの二人、仲がいいのですね」


「リフレ。あたしもがんばったからさ、いいこいいこして」


「バカ言ってんじゃないです。それより、あなたたちが戦っている間にエメルダさんからいろいろと情報を聞いておきました」


「さすが、抜け目ないね。あと冷たいね」


「時と場合によります。……というわけで、エメルダさん。わたくしたちは行きますが、ここって安全じゃありませんよね」


 リフレたちが立ち去ったあと、エメルダを守るものは何もない。

 もしニローダの手の者に襲われればひとたまりもないだろう。


「エメルダさん動けそうにありませんし、だれか一人を残していくべきでしょうか」


 女性としてのエメルダの姿は、立体映像で投影されている擬人化されたビジョンにすぎない。

 彼女の本体は、ドーム中央に鎮座する巨大な球状の機械。

 とても移動できる代物ではないため、護衛に戦力を割くことを提案するリフレだが、


「その必要はありません」


 エメルダはこの提案をやんわりとしりぞけた。


「ニローダという存在はどこまでも機械的。私の知る情報のすべてをリフレさんに渡した今、わざわざ戦力を割いて私を消しに来ることはないと言い切れます」


「そう、なのですか。ニローダをよく知るあなたがそう言うのなら……」


「えぇ。お気持ちだけありがたく受け取っておきますね」


 二コリと微笑み、感謝を告げるエメルダは、ニローダと違いどこまでも人間的に見えた。

 リフレの体越しとはいえ直接対峙したライハには、ことさらに。


「キミ、ニローダとはずいぶん違うんだね」


「……合理と感情。どちらが欠けても世界はいびつになってしまう。私たちを創った旧文明の者たちは、そう考えました」


 不意に、エメルダの表情に影が差す。

 遠い昔を思い返すように、彼女は語りだした。


「感情を廃し、合理性を突き詰めたニローダ。感情を搭載し、人間性を突き詰めたこの私。二体の『管理プログラム』が助け合い、互いの欠点を補い合いながら世界を再生していくことが、彼らの望みだった。その望みは、儚くも散ってしまいましたが……」


「エメルダさん……」


「合理性に欠ける私の判断が本当に正しいものなのか、それはわかりません。ですから感情のままに。あなたたちがニローダを倒すことを――心より、祈っています……っ」


 頭を下げる彼女の声は、小さく震えていた。


 きっと魔族というイレギュラーが出るまでは、彼女とニローダの間にわだかまりなどなかったのだろう。

 設計者たちの願い通りに、支え合って世界の再生を行ってきたのだろう。

 二人きりの世界で。


 あるいは、感情を持つエメルダならば、ニローダに友情すら抱いていたのではないだろうか。

 袂を分かったとはいえ、そのような相手を殺してほしいと懇願する彼女の気持ちは如何ばかりか。


(……似てますね)


 友を討つと決意する、その苦しみをリフレはよく知っている。

 結果としてライハとの関係は元通りに――いや、以前以上の関係になれたものの、エメルダとニローダにそれは望めない。


 なぜならニローダには一切の感情が存在しない。

 エメルダを友と思う心など、最初から持ち合わせていないのだから。

 ならば彼女のため、してやれることはただ一つ。


「――えぇ、必ず。必ずや、ニローダはわたくしたちの手で倒します」


「ありがとう……、ございます……っ」



「……では、わたくしたちは行きますね」


「少し待ってください。リフレさんに、これを」


 エメルダの球状の本体からロボットアームが伸びてきて、何かを差し出した。

 なにやらピンバッジに似た小さな機械のようだ。


「これは……?」


「通信装置です。なにかあれば、いつでも私と通信をつなぐことが可能です。服のえりにつけておけば邪魔にもなりませんよ」


 言われるままにえりにつけてみる。

 かなりの軽量で、飛んだり跳ねても邪魔にはならなさそうだ。


「困ったことがあれば、通信でサポートさせていただきます」


「何から何まで、助かります。では、今度こそ」


「絶対、勝ってくるから!」


「ご武運を」


「……おーい、アイリたちいつまでやってんのー?」


 いまだになでなでを続けていたニルとアイリに声をかけるライハ。

 エメルダにいったんの別れを告げると、彼女たちは白のドームを後にする。


「それでリフレ、ニローダの居場所聞いたんでしょ? アイツどこにいるのさ。やっぱり――」


「えぇ、一番目立つあそこの一番上に、『ニローダ』はいます」


 白い街の中心に鎮座する、壁のように巨大な塔。

 その最上階を、リフレは指でさし示した。




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