80 世界の始まり
突如として目の前に現れた半透明の――立体映像の女性の正体。
彼女の発した被創造世界という言葉の意味。
問いたいことは山とあるが、まず最初にライハが確かめたことは、
「……初めまして、こちらの世界のお姉さん。失礼を承知で質問、いいかな? あんた、敵?」
敵意の有無だった。
女性は異邦人たちを見定めるようにながめたあと、ゆっくりと首を左右に振る。
「敵――つまりニローダの味方か、という問いですね。答えはノー、です」
「じゃあ、アイツを倒しに行っても問題ない、と」
「『観測者』として、大方の事情は把握しています。あなたたちがこの世界に来た目的が、私の目的と一致していることも」
女性の言葉に、リフレたちは顔を見合わせた。
彼女の発言の意味するところとは、つまり。
「あなたもわたくしたちと同様、ニローダを倒したい、と?」
「その通りです。かの『管理プログラム』は今や暴走を始め、この世界にまで害を成そうとしている」
「管理プログラム……? どういうことか、詳しく説明してもらえるかな」
「そうですね。あなたたちには知る権利がある。順番に、全てをお話ししましょう。始まりから今に至るまでの、全てを――」
彼女は静かに目を閉じ、記憶を呼び起こすようにゆっくりと、静かに語り始めた。
「始まりは、大災害でした。外宇宙から襲来した惑星を喰らう怪物により、我々の文明が消滅してしまったのが、全ての始まり。その怪物が星に住む命を喰らい尽くす直前、生き残ったわずか137名の者たちは持てる力を結集して別の世界を――精神世界を作り出し、そこに逃げ込みました」
「精神世界……。つまり、この世界ですね」
「えぇ。その後、怪物はいずこかへと飛び去りましたが――今となっては、それ自体には意味のない話です。――そうして大災厄を生き残った人類ですが、元の物質世界は人類はおろか他のあらゆる生物が生きられない、死の世界となっていました。そこで生き残った人類はこの世界から、あらゆる生命体の素を放ちました。しかし惑星が再生するには長い、長い時間が必要だった。気の遠くなるほどの、長い時間が」
「もしかして、あの眠っていた人たちは……」
リフレの問いを受け、女性は静かにうなずき、肯定した。
「旧文明の生き残り。彼らは生命の進化を観察し、新人類の文明の発展を見守るための精神生命体『管理プログラム』たちを作りました。そして、新人類の文明レベルがかつてと同じ水準に達することを夢見て、長い長い眠りについたのです」
「その管理者というのが――」
「この私――エメルダと、そしてニローダ。ニローダは直接的な管理を、私はその監視と監督を目的として製造されました。我々は協力し、世界の再生と発展を見守ってきた。しかし、長い時の中で、前の世界にはなかった『イレギュラー』が発生してしまったのです。……そう、魔族という名の『イレギュラー』が」
イレギュラー。
その呼び方にはライハたちも心当たりがある。
白の異形が魔族を指して、しきりにそう呼んでいた。
「ニローダは以前と同じ世界を作る使命に固執するあまり、強制的に魔族を排除する方針に出ました。静観を主張する私の意見はまったく聞き入れられず、管理運営の中枢から強制的に追いやり、そして今や、魔族の発生源となる感情を人類から奪おうなどと、目的と手段をはき違えた『暴走』を始めてしまっている。私の代わりとなる精神生命体たちを創造し、自らの手駒として、あなたたち『被創造世界』の人類を抹殺し、感情のない世界を作ろうとしているのです」
「なるほどね、事情はわかったよ。確かにアンタは敵じゃなさそうだ」
「……あの、一つよろしいでしょうか」
納得するライハのとなりで、リフレが小さく手を上げる。
「あなたは魔族の排除をよしとしなかった。それはなぜですか?」
かつてリフレの心は、魔族に対しての憎しみにあふれていた。
浅ましい魔族に対する嫌悪に満ちていた。
そしてその思いは、今もなおくすぶっている。
魔族が人類に成してきた害、非道が、覆ることなどないのだから。
「監視者である以上、魔族が世界に及ぼす悪影響も見てきたはず。それがなぜ……」
「……私は、魔族を人類の進化の可能性の一つだと思っています」
「進化……?」
「あなたたちの文明レベルは、旧文明に遠く及びません。通常であれば、文明レベルが追いつくまでにはあと数万年の時を要したことでしょう。ですが、あなたたちは今ここにいる。旧文明に及ばずとも、手を伸ばせば指先でかろうじて触れられるところに、あなたたちは立っている」
(……大体ロークの功績なんですけども)
「それこそが、魔族の持つ進化の可能性だとは思いませんか? かつて滅んでしまった旧人類にはなかった可能性をあなたたちは開いたと、私はそう思っているのです」
「いやはや、物は考えようと言いますか。ま、魔王として悪い気分じゃないよね」
「たとえ痛みが生じようとも、新たな可能性を摘みたくない。それでなくとも、感情のない人類が生きる世界など、眠りについた彼らの取り戻したい世界ではありません。改めてお願いします、どうかニローダを――」
ゴゴゴゴゴ……!
その時、突如としてドーム全体が揺れ始める。
エメルダが手元で機械を遠隔操作すると、空中にドーム外の映像が浮かび上がった。
そこに映し出されていたのは、白の異形に酷似した純白の龍。
ドームに体当たりを繰り返し、この場所の破壊を狙っている。
さらに、龍の周囲には大量の『天の御遣い』が飛び回っていた。
「ニローダの手の者……。私たちの接触を知り、消しにきたようですね」
「よし、ここはあたしとアイリに任せてよ。人類の進化の可能性ってやつ、ちょちょいと見せてあげるからさ。ほら、行くよ」
「らじゃー。ニルにいいとこ見せちゃうの」