79 白の街
目前に迫った塔は、まるで巨大な白い壁。
視界一面を埋め尽くすほどの巨大さに、リフレたちは息をのむ。
そこから視線を下げると、こちらの方が驚きは大きかった。
塔の根本、まるで城下町のように立ち並ぶ白の街。
にぎわい、活気とは程遠い、人っ子ひとり見当たらないゴーストタウンではあるものの、『白の異形』の世界に街があるということ自体、彼女たちにとってはまったくもって予想外。
「街……なんですよね、これ。本当に」
「見た目的には街、だね。うん、街でしかない」
白い四角形をくりぬいて、窓の役目をもつ四角い穴をくりぬいただけの、飾り気のない無機質な建物が等間隔で立ち並ぶ。
見知った街とは異なるものの、街と形容する他ない光景だ。
「ひとまず、誰かいないか探してみます?」
「賛成。街なら何か情報が得られるかもしれないし。……話の通じる相手がいれば、だけどね」
ライハが先頭に立ち、最寄りの建物の入り口へ。
内部の気配を探りつつ、慎重に中をのぞき込む。
「すいませーん……。どなたかいらっしゃいませんかー……?」
呼びかけてみるも何の反応もなし。
真っ暗な屋内には、ただ静寂のみがただよっている。
「……誰もいないようですね。しかし暗くて何も見えません」
「うかつに踏み込みたくないよね。だれか明かりとか持ってたりする?」
「まかせて魔王様。ロロちゃん人形マーク2、さっそくの出番」
包帯ぐるぐる巻きのクマのぬいぐるみを、自信満々に取り出すアイリ。
少量の魔力を込めると、なんとぬいぐるみの両目が発光し始める。
「マルチな多機能搭載型。照明にもなる便利なロロちゃん人形マーク2。ニル、どう? すごい?」
「う、うん……。すごい、と思う……?」
「むふー」
ニルに褒められてご満悦の様子で、アイリは建物の内部を照らす。
直後、彼女たちは想像だにしない光景を目にすることとなる。
「な……っ、なに、アレ……」
「ひ、人……?」
建物の中にあったのは、液体に満たされたカプセル。
たくさんのチューブがつなげられたそのカプセルの中に、人間が浮かんでいる。
意識はないらしく、目を閉じたままこちらに何の反応も返さない。
「わたくしたちと変わらない、人間……ですよね……」
「どういうこと……? どこからかさらわれてきたの……?」
「わからないけど……とりあえず、他の建物も調べてみよう」
ライハの提案にうなずき、一行は他の建物の内部も確認していった。
しかしどの建物もまったく同じ構造で、同じようにカプセルに入った人間が眠っているだけ。
他になんの手掛かりも見つからない。
「困りましたね……。起きてる方が誰一人いらっしゃいません」
「デートするにはちょっとさみしすぎるよね。きれいな景色もおしゃれなカフェもどこにもないし」
「なにバカなこと言ってるんですか。……こうなったらもう、あの大きな塔に行くしかないみたいですね」
「だね。ちょっと危険かもしれないけど、このさい仕方ないか。……あれ? アイリたちは?」
少し目を離した隙に、ニルとアイリが見当たらないことに気づく。
あたりを見回して探してみると、
「魔王様、アイリたちはここ」
声が聞こえた方向は、なんと上空。
見上げてみるとアイリが何かにぶら下がって空中に浮いている。
ニルも彼女の腰に手をまわし、二人の少女は一緒に空を飛び回っていた。
「ロロちゃん人形マーク2、着陸用意」
よくよく目をこらせば、アイリがぶら下がっていたのはクマのぬいぐるみ。
背中につけたジェットパックから火を噴いて、二人の少女の体重を支えながら軽々と飛ぶその雄姿に、リフレは開いた口がふさがらない。
アイリの合図でロロちゃん人形マーク2が降下を開始。
垂直にゆっくりと高度を下げ、二人の足がつくとジェットを停止し、バックパックとウイングを格納してアイリの腕に収まった。
「どうかしら。今度のロロちゃん人形は飛行機能も搭載。ニル、空の旅楽しかった?」
「や……、まぁ、それなりに……」
「むふっ」
「って、そんなのはどうでもよくて。聞いてよ。空から見てわかったんだけどさ、ここから少し行ったところに、他とは形の違う建物があったんだ」
ニルとアイリの案内で、一行がたどり着いた建造物は確かに他の建造物と大きく異なっていた。
それは、他の建物の数十倍はあろうかという巨大な白いドーム。
窓のようなものも無く、ただ入り口だけがぽっかりと穴をあけている。
「ナイスだよ、アイリ。よく見つけてくれたね!」
「魔王様、アイリのワンポイントアドバイス。殺風景な白い街でも、おそらのデートでなら急接近できるかも」
「なるほどね……。参考になる」
「何言ってるんですかってば! 早く行きますよ!」
二人をせかしつつ、リフレがドームの中に一歩足を踏み入れた、その瞬間。
ガシャンっ!
何かに反応したかのように、ドーム内の照明がいっせいに点灯する。
無数のまばゆいライトが照らし出した光景は、これまでの建物内部とはまったく異なるものだった。
ドームの中心には、無数のボタンとパネルがついた六角形の台座のような形の機械。
その中央に、巨大な機械の球体が浮遊している。
「ここは、いったい……」
誰に聞くともなく放った問いかけに答えるように、球状の機械が七色の光を放つ。
その光が空間上に投影したのは、半透明の女性の姿。
彼女はリフレたちに順に視線を送ると、静かに口を開いた。
『はじめまして、被創造世界の皆様。よくぞ、ここまでたどり着かれましたね』