76 思い出を巡って
高所メンテナンス用の飛行機械をロークに借りて海を越え、二人がやってきたのは旧王都。
魔王討伐の旅に出るために、二人が初めて出会った場所。
崩壊した建物の壁を月明りがあわく照らし、崩壊した石畳をおおう草が夜風に揺れる荒涼とした風景に、かつて栄えた大都市は見る影もない。
「すっかり廃墟だね……。もう百年もすれば、なんにも無くなっちゃいそうだ……」
悲しげな瞳を揺らし、ライハがつぶやく。
かつてこの街を、世界を、滅ぼしたのは自分自身。
人類存続のためにやむを得なかったとはいえ、正義感にあふれた彼女は約80年、どれほどの苦しみ、罪悪感と向き合ってきたのだろう。
リフレはかける言葉に迷い、
「あの……。どうして、わたくしを誘ってこの場所へ?」
結局、話題を転換することしかできなかった。
「んー? 言ったでしょ、デートしたかったから」
「……茶化さないでください」
リフレがぷくー、とほほを膨らますと、ライハは観念したように笑う。
「あはは……。その、さ。最後かもしれないじゃん? もちろん最後にするつもりなんてないんだけど、今回は危険が段違いだ。勝てるかどうか、それ以前に帰ってこられるかどうかすら」
もちろん、ロークの作る装置をうたがっているわけではない。
人格的にはともかく、技術屋としてはこの上ない信頼を置いている。
しかし、転送中や帰還中になんらかの手段で敵の妨害が入らないとも言い切れない。
敵のふところに飛び込む以上、何が起こるか見当もつかないのが実情だ。
「アレやっとけばよかったー、なんて、その時になって後悔するのはもう嫌だ。そんな思いをもうしないために、正直に生きるって決めたから。だから、いっしょに新しい思い出を作りたかった。これまでの思い出をふり返りたかったんだ」
「ライハ……」
「あ、デートしたかったってのも本気だからね」
「う……。それはいいです、行きましょう!」
ほほを赤らめつつ、ライハの手を取るリフレ。
ライハも彼女の手を握り返し、二人は並んで歩きだした。
「まずはここだね。王城跡地」
「わたくしたちが、初めて会った場所ですね……」
かつて三本の尖塔が天高くそびえ、白壁が陽光を反射してきらめいていた雄大な城は見る影もない。
あちこちの壁が崩れ、三本あった塔は根こそぎ倒壊。
城門もガレキに埋もれて、城内には立ち入れそうもない。
「あの頃、魔族による被害があちこちで発生するようになって――」
「元を絶たなきゃ、って決意したあたしが、魔王討伐に名乗りを上げたわけだ」
「そうしてわたくしが、お供として同行することになったのですよね」
「そうそう。あれ、お師匠さんの推薦だったんでしょ?」
「勝手に推挙されました。驚きましたよ、当日知らされて……」
思えばアレも、過酷な運命に立ち向かうための力をつけさせたい、そんな師匠の親心だったのだろう。
いささか厳しすぎる親心な気もするが。
「ね、今だから聞くけどさ。あたしの第一印象ってどんなだった?」
「そうですね……」
108年前とはいうものの、リフレの体感時間としては数年程度。
初めてライハと出会い、何を思ったか。
頭をひねれば何とか呼び起こすことができた。
「明るい人だな、程度でしょうか」
「薄いね」
「はい、薄いです。初対面だったので、まぁその程度ですね」
「ちぇっ。可愛い子だなぁ、とか思ったあたしとの温度差よ」
「……そんなこと思ってたんですか? まさか、優しくしてくれたのも下心で……」
「違う違う、それは断じて違うから、あの時は!」
「あの時は? じゃあ、今は……」
失言をもらしたライハにジト目をむけるリフレ。
しかしライハは悪びれもせず、
「今はあるよ、下心」
しれっと答えてみせた。
「…………」
「そんな顔しないでよー。それだけじゃないって」
ライハの表情が、不意に真剣なものへと変わる。
リフレの細い腰を抱き寄せ、あごをくいっと上げさせ、
「ちゃんとリフレのこと、好きだし大事だから。ん……っ」
「んぅっ!?」
そして、唇を奪った。
「……どう? 大事なの、伝わった?」
「……はい。下心も伝わりましたけど」
体を離すと、リフレは真っ赤になって目をそらしながら答える。
彼女の答えに満足したのだろう。
リフレの手を取ると、ライハは街の方へと歩き出した。
「次、どこか行きたいところある? どこでも付き合うよ、リフレのこと大事だから」
「行きたいところ……ですか。それはやっぱり――」
草の生い茂る割れた石畳の街路を西の方へとむかって進む。
中心街から少し外れたその場所は、リフレにとって馴染み深い場所。
「やっぱり、ここですね」
あちこちが崩壊し、ボロボロの姿になってしまっても、なお威厳を残す巨大な建物。
師匠との思い出が詰まった、いつか帰るはずだったところ。
「大聖堂。わたくしの家。こんなになってしまっても、どこか懐かしさを感じます」
「中、入れそうだね」
王城とは異なり、侵入を阻むものはない。
空きっぱなしになった両開きの木製の扉が、ただ風に揺られてギイギイと音を立てている。
「行ってみましょう。何か、残っているかもしれませんから」




