72 ゲート
四区長エゾアールとロークに敗れ、生け捕りとなった白の異形マルーガ。
彼はその後、ロークのいる魔王城の研究施設へと移送され、この数日間ありとあらゆる方法で解析されていた。
その体の作りから、使用する魔法、宿した魔力の質に至るまで。
「ニローダ打倒の手がかり、か。ずいぶんえげつないことしてたみたいだけど、成果はあったみたいだね」
「えげつないこと、ですか……?」
「聞くかい?」
「いえ、結構です」
首を横に振るリフレ。
聞いたところで気分が悪くなるだけだろうし、敵に同情をするつもりもない。
そもそも自分自身、魔族相手にこれまで残虐な拷問を繰り返していたわけで、そんな自分が口を出すのも筋違いだと思ったのだろう。
「そんなことより、重大な事実とやらをさっさと教えなさい」
「前のめりだねぇ。ま、いいさ」
集めた資料の束を手に取り、目を通しつつ、ロークは嬉々として研究成果の披露を開始した。
「さて、まずは現状、我々の勝利条件について確認しましょうか。魔王様?」
「そりゃもちろん、ニローダをブチ殺すことだよね」
今、人類の生存領域は雲上の四区と魔王城、そして各島を結ぶ空中回廊に限定されている。
魔王城から発生している結界に覆われているその範囲から一歩でも外に出れば、人間はたちまち白の異形へと姿を変えてしまうだろう。
この現象を止めるためには、元凶であるニローダを倒す以外にない。
「でも、ニローダは実体を持たない。器であるリフレと完全融合すれば殺せるようになるけど、そんなこと死んでもゴメンだ。以上、これが現状」
「さすが魔王様。完璧なご理解です。そう、問題となるのは手出し出来ないニローダに、どうやって手出しするのか」
「もったいぶらないでください。見つけたんですよね」
「あぁ、見つけたとも。まったく自分の頭脳が怖いよ。――これをご覧ください」
自画自賛しつつ、手元のパネルを操作するローク。
するとマルーガの体が魔力を発し、空中に光の魔法陣が出現。
その中から出現した大斧が、金属音とともに床に突き刺さった。
「何度か見たことがあるでしょう? 白の異形が使う、どこからともなく武器を取り出す術です」
「うん、見たことあるね。魔力で武器を生成してるモンだと思ってたけど。コレと打倒ニローダになんの関係が?」
「生成ではないんですよぉ、それが! この術式はなんと『向こう側』からこちらの世界へ、武装を召喚するためのゲートだったのです!!」
渾身のドヤ顔で、ロークは高らかに大発表。
しかし、リフレもライハもいまいちピンと来ていない。
想定外に反応の薄い二人を前に、彼は急に真顔に戻ると、改めて解説を始める。
「……まず、ニローダを始めとした白の異形がこの世界に来るためには、この世界の生物の肉体を借りなければなりません。この事実と奴らの証言から推測し、マルーガの肉体を調べて確証が取れました。ニローダのいる世界は精神世界。こちらの物質世界とは根本的に異なる世界。『むこう』と『こちら』、お互いの世界にあるモノは互いに干渉できない。相互不干渉――まるで幽霊のように見えない、さわれない、殺せない」
「わたくしたちにも、その程度の目星はついています」
「そうだろうね。では、なぜあちらの世界から武器を呼び出せるのか」
突き立った斧の柄を、ロークがコンコンと叩く。
金属質の反響音は、斧がこちらの世界に実体として、たしかに存在している証だ。
「その答えがゲートにある。このゲートは通った物質を構成する原子を、もう一つの世界のものへ変性させるためのものなのさ」
「……ライハ、わかりますか?」
「んん、なんとなく」
科学的なものにまったく触れてこなかったリフレには、やはり理解が及ばなかった。
しかし高度なテクノロジーの中で暮らしているライハの方は、なんとなく飲み込めたようだ。
「つまりそのゲート、あっちの物質をこっちに実体化できるってこと……だよね。逆もしかり?」
「ご名答! さっすが魔王様!」
「なるほどね。その術式を解析すれば、奴らの本拠地に乗り込むことだって可能だ」
理解を得られて満足げにうなずくローク。
しかしライハはあごに手を添えて少し考え、不思議そうに小首をひねった。
「でもおかしくない? ニローダたちって、実体化できないからこそ人間の体を乗っ取るわけで」
「生物となると、また勝手が異なるようです。少なくとも精神生命体であるニローダたちに、実体への変質は不可能と見ていいでしょう」
「……いや。だったらあたしらも無理じゃん」
「精神生命体が、有機的な肉体を得ることは不可能と言っただけです。我らにできないとは一言も」
「できるのですか?」
「我々には肉体だけでなく、魂と呼ばれる精神エネルギーがある。彼らよりは簡単なはずさ。ただし普通の人間には難しいだろうね。だが絶望という思念が凝り固まって生まれた魔族、そして白の異形の因子を持った人間なら、この僕の頭脳をもってすれば送り込めると断言しよう」
今度こそ渾身のドヤ顔で、ロークは二人を見回した。
「一週間ほど時間が欲しい。さすればこの天才の一世一代の大発明。あちらの世界への転送ゲートの完成を約束するよ!」




