70 悪くない
激突する二つの鷲爪撃。
絶大な威力を持つ攻撃が激突し、行き場をなくしたエネルギーが砂嵐を発生させ、ライハの視界から師弟の姿を覆い隠した。
「……っ、どっちが……?」
どちらが勝ったのか。
ライハが固唾を飲んで見守る中、暴風が消え、砂煙が晴れていく。
膨大な力の余波が周囲の雲を吹き飛ばし、快晴の青空の下、リフレと師匠の姿が見えた。
技を繰り出し交錯した体勢のまま、背中を向け合って微動だにしない二人。
しかし、どちらの鷲爪撃が勝ったのか、ライハの目には一目瞭然。
師匠が技を繰り出した側の地面に傷はなく、リフレの側に五つの地割れ。
弟子の技が、師匠の威力を上回った証拠だった。
「……強くなったねぇ、リフレ。……っぐ!」
がくっ。
「……師匠っ!」
うめき声をもらして膝をつき、そのまま仰向けに倒れる師匠。
リフレはすぐさま駆け寄り、助け起こす。
「ケガしていませんか!? 今すぐオートヒールを――」
「ケガなんざしてないさ……。ちと、力を出しすぎただけだ……」
師匠の言うとおり、体に外傷は見当たらない。
彼女の放った鷲爪撃の威力が、リフレの攻撃の威力から体を守ったのだろう。
しかし……、
「だから、そんな顔するんじゃないよ……。師匠を越えたんだ、もっと嬉しそうにしたらどうだい……?」
しかし、もともと投薬で無理に延命していた体。
その上で限界以上の力を行使したのだ。
この戦いに持てる力の全てを出し尽くした師匠の命の灯は、今にも消えようとしていた。
リフレの目尻にたまっていく大粒の涙を、しわがれた細い指がぬぐう。
「喜べるわけ、ないじゃないですか……。こんな、こんな……っ」
「そうかい? あたしゃ、嬉しいけどねぇ……」
肩を震わせるリフレの腕の中、師匠は静かに語りだした。
「最初は……、罪滅ぼしのつもりだった……。全てを知っているのに、何も教えてやれない……。あまつさえ、この手で両親すら奪っちまった罪滅ぼし……。そのつもりで、アンタを引き取って育ててきた……。だがねぇ……、育ててるうち、本当の娘のように思えてきちまったんだ……」
「……っ」
「子どもなんざいなかったが、もしいたらこんな感じだったのかなぁ、ってね……。ガラにもなく、さ……」
ふぅ、と一息つき、穏やかだった師匠の顔が徐々にけわしくなっていく。
「……でも、結局失敗しちまった……。アンタの、魔族への憎悪をぬぐい切れず、なにもしてやれず……。弟子を救えず、世界まで終わらせちまって、何を母親面できるってんだ……」
自嘲混じりにため息をつき、もう一度視線をリフレへ戻す。
そうしてまた、師匠の表情は和らいだ。
「でもね……、最期の最期で、憎しみから解き放たれ、あたしを越えていく弟子の姿を見られたんだ……。それだけで、失敗だらけのあたしの人生も、いくらか報われるってもんさね……」
「……失敗なんかじゃありません」
「……?」
「師匠が育ててくださったから、わたくしは生きていくことができました。力を授けてくださったから、わたくしはここまで来られました。ライハと出会って、また再会できて、こうしてまた手を取り合うことができました」
敬愛する師の手を取り、リフレはにっこりと笑いかける。
「師匠はわたくしの、もうひとりのお母さんです」
「……! ……はっ、まいったねぇ」
片手で目元を覆う師匠。
その影から、ひとすじの涙が零れ落ちた。
「んなこと言われちゃ、もう思い残すことなんて無いじゃないかい……」
教会の大聖母と呼ばれてきた彼女には耳慣れた呼び名である、母。
その呼び名がこうまで心に響くとは、彼女自身思ってもいなかったことだった。
(……失敗ばかりの、悔いばかりの人生だったが、不思議なモンだ)
手をどけ、青空と、最愛の娘の顔を見上げながら。
(今、かつてないほど満足しているよ……)
少しずつ遠のいていく意識の中。
(長い長い、本当に長かった人生の最期――。【――おい、ババ――ざけ――じゃない――】絶対にロクな最期じゃないと思ってたんだがね……)
頭の中にひびく同居人の罵声も、小さく響くだけ。
かつてないほど穏やかな笑みを浮かべ、彼女は。
(悪くない、最期だったよ――)
穏やかな顔で瞳を閉じる師匠。
その体を抱き上げ、リフレは立ち上がる。
「リフレ……」
心配そうな表情で、肩に手を置くライハだが、
「……さぁ、行きましょう。師匠を弔ってあげなければなりません」
リフレの目から、もう涙は流れていない。
「……強いね」
「師匠が、見てますから。泣いてなんていられません」
ニローダを倒し、全てに決着をつけるその時まで、立ち止まってはいられない。
力強い眼差しを上空の魔王城にむけ、リフレは歩き出した。




