07 再会
わたくしの生まれ育った小さな村は、幼いころに二人の――いえ、二匹の魔族によって壊滅しました。
身寄りのなくなったわたくしを引き取ってくださったのがお師匠様。
以来わたくしをここまで育ててくださって、武術までさずけてくださいました。
「へぇ、その拳法ってお師匠様ゆずりなんだ」
魔族の精鋭と自称していた、地獄のマルクだかマリクだかでしたっけ。
秒で忘れてしまいましたが、ライハと二人で軽く始末したあと、わたくしたちは街道を談笑しながら歩いていました。
敵との戦いで披露した拳法が思いのほかライハにウケがよく、どこでどうやって身につけたのか根掘り葉掘り聞かれてしまい……。
キラキラした目でかわいらしくお願いされては断れるはずもなく、お師匠様について教えた次第です。
「かっこいいよね、ずばーーんって! 技名とかないの?」
「ありますけれど……。戦闘中に叫びます?」
「叫ぼうよー、気合い入って気持ちいいし! ハイ決定、次の戦闘から叫ぶこと!」
「えぇ……」
叫ぶ利点が見つからず、ひたすら困惑してしまいます。
……ですが、いいかもしれませんね。
害虫とはいえ魔族を殺すあの不快感、すこしはまぎれるかも。
「やー、楽しみー。力いっぱい叫んでよ、私を見習ってさ」
「ライハ、さっきも叫んでましたもんね……。雷鳴斬、でしたっけ。でもこの前はたしか稲妻斬り、とか叫んでいた気がしますが。そのまた前はライトニングスラッシュ」
「全部ちがうの! びみょうにちーがーうーのー!」
「電撃を剣にまとって斬りつける、全て同じ技にしか見えませんよ……」
「こう、手首の角度とか剣のにぎり具合とか、わかんないかなぁ」
「わかりません。わかったとして、分ける意味がわかりません」
「ぐぅの音も出ない……。統一すべきかぁ……?」
「ふふっ」
コロコロと変わるライハの表情に、思わず吹き出してしまいます。
それから、お師匠さまに拾われる以前について触れないやさしさにも感謝が湧いてきて……。
「あ、そうだ。ところでお師匠さまってどんな人?」
「一言でいえば豪快、でしょうか。聖教会の大聖母にもかかわらず、素手の一撃で巨竜を葬るような方ですし」
「うわぁ、さすがの勇者サマでもそりゃムリだ」
「わたくし出来ますよ?」
「えっ? ……えっ?」
〇〇〇
「……ふふっ」
「……大丈夫? 急に笑い出して」
「い、いえ……。こうしてあなたと歩いていると、楽しかったことを思い出しまして」
あの時と同じく、二人でならんで広い道を歩いていたからだろう。
ただあの時とはちがい、リフレとこの少女――ニルの間に会話はなく、道も街道とは似てもにつかぬ、つぶれかけた小屋と未舗装の不潔な道が続く殺風景な大通り。
あるいはこの静けさが、かえって思い出をよみがえらせたのか。
「ところでニル? ずいぶんと歩いてきましたが、こちらでよろしいのですか?」
魔王城を支えている巨大な塔は、ずっと左手に見えたまま。
あの塔が目的地ならば、見当違いの方向に歩き続けているのではないか。
不安になったリフレが問いかけると、
「……あの塔、このエリアからじゃ行けない。向かってるのは、ちがうエリアに繋がってる関所」
「そこからなら、塔に行ける?」
「わかんない。行けるのかも、関のむこうになにがあるのかも」
「あ、そう……ですよね」
生まれてこのかた、このエリアから出たことがないのだ。
ただ、可能性はある。
だからこそ案内してくれているのだろう。
「……見えた、アレ」
ニルが指さした先、黒く巨大なカベが見えた。
上空をおおう黒いモヤを突き破るほど高く、物々しい雰囲気を放つカベ。
魔王城の高みから見た、エリアを区分けしていたものだろう。
「この先に、別のエリアがある」
「行ったこと、ないんですよね。どうして別のエリアがあると?」
「この先にじいちゃんが連れていかれた。じいちゃんだけじゃない。歳とったら全員、ここからむこうに連れていかれる」
「そんなことが……」
そういえば、ここまで一人も老人を見ていない。
魔族のことだ、きっとご老人方はロクでもない目にあわされているのだろう……と、リフレは納得した。
「……ところで、どうやってむこう側に行けばいいのでしょうか」
上るにはきびしい高さ。
カベを壊そうにも、上から見たときの分厚さはまわりを取り囲んでいるカベと同じ。
厚さ数百メートルの金属をブチ抜くなど、さすがに不可能だ。
「門がある。魔族の門番が開け閉めしてるのを見た。あっち」
「まぁ! なら話は簡単ですね。門番さんにカギを開けてもらって、お礼に救済してさしあげましょう」
方針決定。
さっそく哀れな魔族を救うため、門の方へ向かおうとしたその時。
「いたいた、やっと見つけたよ」
聞きなれたその声に、リフレはとっさにふり返る。
「無事だろうとは思ってた、けど良かったよ。落下地点に見当たらなかったんだもん。心配しちゃった」
はぐれた知り合いを数十分ぶりに見つけたかのような、気軽な口調。
実際、彼女とは気ごころを許し合った誰よりも親しい間柄だ。
だが、面と向かっての再会は数十分どころではない。
むりやり棺に押し込められる、そんな別れ方をしてから、もう108年も経っている。
にもかかわらず、彼女はあの時のまま、変わらぬ笑顔でそこに立っていた。
「……ライハ?」
本物なのかどうか、確証が持てないまま、震える声で名前を呼ぶ。
ライハは人懐っこい笑顔を浮かべたまま、しかしほんの少しの寂しさをのぞかせて応えた。
「そうだよ、忘れちゃった? だとしたら悲しいなぁ……」