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69 到達点




「しゅ、しゅうそうげきっ!」


 ぺちっ。


「わっ」


 革袋にぽよんっとはじかれて、わたくしの体がよろめきます。

 転びそうになったわたくしを受け止めてくれたのは、師匠の力強い腕。


「はぁ、なってないねぇ、全然なってない」


「うぅ……、すみません……」


「いいかい、もっと腰を入れて、体全体で放つんだ。腕の力だけじゃダメさ。体中にひねりを入れて、全体重を乗せて撃つ。基本中の基本、だからこそ最初にこの技を教えるんだ」


「からだ、ぜんたいで……?」


 まだ幼く、武道の心得などまったくなかったわたくしに、師匠はこうやって戦うすべを基礎から叩き込んでくれました。


「考え込むな、頭でなく体に覚えさせるんだ。ほら、やってみな」


「わ、わかりました……っ。えいっ!」


 べちっ!


 師匠の教えを意識して放つと、今度は命中音が少しだけ重くなりました。

 体がはじかれることもなく、少しの手ごたえを感じたことを覚えています。


 ぽんっ。


「ふん、ちったぁマシになったじゃないか」


 そして、師匠がほめてくれた喜びと、なによりも、頭をなでてくれた師匠の手のぬくもりを強く覚えています。


「ししょう……! えへへ……」


「なぁにニヤニヤしてんだい。体が忘れないうちに叩き込みな。鷲爪撃、あと百回」


「ひゃ、ひゃっかい……っ!?」


「不満そうだね。もう二百回追加」


 ……優しいと同時に、きびしくもありましたが。


 腰のひねりが甘い、もう百回。

 気が抜けている、もう二百回。


 なんだかんだと理由をつけられ、結局千回も撃つハメとなり、やりきった頃には日が傾きはじめていました。

 当然ながら、わたくしは疲労困憊。

 汗だくで死体のように倒れるわたくしに、


「お疲れ。だが寝るにゃ早いね。ちょっとついてきな」


 冷たいお水が入ったコップをほっぺに押し当てながら、そう言いました。

 正直、まだ解放されないのか、と辟易しましたが……、



「……わぁ」


 連れてこられたのは王都の外れ。

 夕日が沈んでいく草原でした。

 さえぎるもののない原野を吹き抜ける風が、激しい運動で火照った体に気持ちよく感じられます。


「きれいですね、ししょう!」


「なんだい、はしゃいじまって。まだ元気あるじゃないか。もうワンセットいっとくかい?」


「う゛……」


「冗談だよ。ここに連れてきてやったのは見せたいものがあったからさ、と言っても景色じゃない」


 誰もいない、なにもない草原に、師匠はわたくしを置いて数歩、踏み出します。


「まだまだへっぽことはいえ、鷲爪撃の基礎だけは叩き込んだんだ。何も知らない状態よりも、今の方が伝わりやすいだろうと思ってね」


「……?」


「だから見せてやろうってんだ。リフレ、アンタが目指すべき『到達点』を」


 そう言って師匠は腰をため、体をひねり、手をかぎ爪の形にとって、


「鷲爪撃!!」


 ギャンッ!!!


 目指すべき、『到達点』を放ちました。

 五本の指が放つ衝撃波が大地をえぐり、雲を引き裂き、嵐のような突風を巻き起こします。


「……コイツがゴールだ。いつか到達してみせな」


 振りむき、歯を見せて笑う師匠。

 革袋にも弾かれる程度のものとは比べることすらおこがましい圧倒的威力を目の当たりにしたにもかかわらず、わたくしの心はこの時高揚感に満ちていました。


 この人に追いつきたい、そして追い越したい。

 今は無理でも、いつかきっと。

 抱いた思いは消えることなく、修行を積んだ今もなお、色あせることのないままに――。



 〇〇〇



 ノーガードの殴り合いだった。

 互いに後先考えない、互いの力を計り合うような殴り合い。


 リフレが顔面に拳を打ち込めば、師匠の膝蹴りが腹に突き刺さる。

 師匠のアッパーがあごをかち上げ、リフレの手刀が鳩尾をうがつ。


 オートヒールを持っていようが関係ない。

 互いの一撃がすべて一撃必殺級の、確実に意識を刈り取ろうとする本気の一撃。


 にもかかわらず、倒れない。

 リフレも、師匠も、倒れないまま打ち合い続ける。


「……はっ、タフになったモンだ! すぐへばってた小娘がさ!」


「師匠こそ……っ、ちっとも衰えてないじゃないですか……っ!」


 ダメージを与え合いながらも続く、不思議な膠着状態。

 極限の戦いの中、それでもリフレの瞳には理性の色が残り続ける。


(……こりゃ、心配要らなそうだねぇ)


 おそらくは飲み込まれ、暴走するたぐいの力じゃない。

 完全にリフレの味方となる力なのだろう。

 そうでなくとも、ここまで成長した弟子ならば。


(それに、もうこの子は一人じゃない)


 戦いを見守るライハの姿を目の端にとらえ、師匠は微笑む。


(……やり切った、かね。あとは、そう――)


 バシィッ!!


 打ち合った拳がぶつかり合い、リフレと師匠は互いに距離を離す。

 そして二人同時に、


(越えるべき壁としての役目、それだけだ)


 腰をため、体をひねり、指をかぎ爪のように曲げ、構えをとった。


「最後の技がそいつでいいのかい? もっと高度なヤツがあるだろう」


「そう言う師匠だって……」


「はん……っ」


(もっとも基本的な技、鷲爪撃。弟子の成長を感じるために、これほどいい技はないだろう……?)


 両の足で大地を踏みしめ、限界ギリギリまで体をひねり、右腕に全ての力を込めて。


「……いくよ」


「いきます……!」


「「……鷲爪撃ッ!!!」」


 放つ二つの爪撃が、真正面からぶつかり合い、そして……。




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