68 最後の役目
長年サムダを体内に宿してきた師匠にはすぐにわかった。
リフレの背中に生えた片翼が、『天の御遣い』たちのものとは似て非なるものであると。
魔族の長であるライハにはすぐにわかった。
黒に染まった片翼から、魔族のものと似た波動を感じると。
そしてリフレ自身、自分の中にみなぎる力が魔族のものとも『天の御遣い』のものともよく似ていて、そしてどちらとも違うものであると理解していた。
「これは……」
「自分の変化を、ようやく自覚したかい?」
「師匠、この力は一体……」
「さぁね、アンタ以上のことは何もわからないさ。で、どうする? 続けるかい?」
リフレの体に、翼以外の変化は見られない。
魔族化とも天使化とも違う現象に戸惑うリフレだったが、
「……なんだってかまいません。わたくしはわたくしのまま。それで充分です」
拳をにぎり、決然と師を見すえる。
「続けましょう。師匠」
「それでいい。見極めはあたしがやるさ」
再び戦闘態勢をとり、そして激突する二人。
激しい攻防の中、師匠が注視するのはリフレの戦法、呼吸、そして表情。
(ふむ、根本的なところに変化は見られないね。変わったところと言えば……)
ズドッ!!
「……っ!」
リフレの放つ一撃の重みに、ガードした腕が痺れを覚える。
外見をのぞく唯一にして最大の変化が、この身体能力の著しい向上。
(この力、速度……。こりゃ、あたしを超えてるかもしれないねぇ……)
気を抜けば一瞬で倒されかねない力に、格闘者としての血がうずいたのだろう。
師匠の口角がニヤリと上がる。
(……とはいえ、楽しんでばかりもいられない)
この力がリフレに害を成すものか、それとも支えとなるものなのか。
戦いの中で見極めることを最後の役目と定め、師匠は手刀をかまえる。
そして、リフレが拳を戻した一瞬の隙をつき、
「……疾ッ!」
するどいひと振りを浴びせて見せた。
「ぐっ!」
ブシィィィッ……!!
まるで鋭い刃物に斬られたかのように、肩口から血が噴き出す。
血の色は赤。
魔族の緑でも、天の者たちの金色とも異なる、人間の色。
「……やはり強いですね、師匠」
「当たり前だろ。あたしを誰だと思ってんだ」
リフレの負った外傷は、オートヒールがすぐさまふさぐ。
そのため、リフレに対して斬撃系の攻撃はあまり有効とは言えない。
それでも師匠が斬撃を浴びせた理由は、リフレの血の色を確かめるため。
今のリフレが肉体的に人間を外れたものか否か、確認するためだった。
(体組織も人間のまま、と見ていいんだろうねぇ。……こういうこたぁロークに調べさせりゃ確実なんだろうが、時間がないんだ。さて、あとは……)
精神的な変化も、肉体的な変化も致命的なものは出ていない。
ただ一つ、残る懸念が極限状態に追い込まれた場合。
その場合にも、リフレがリフレのままでいられるのか。
最後にそれだけは確かめなければいけない。
「……リフレ。まだまだ元気かい?」
「え? あ、はい……」
「そうかい。あたしゃ歳だからかねぇ、そろそろ疲れてきた」
言いながらも、師匠に疲れの色はまったく見られない。
底知れぬ迫力を感じ、リフレは一歩下がって距離を取った。
「だからね、そろそろ終わりにしようか」
コォォォォォォ……。
静かに目を閉じ、深く深く息を吸い、吐く師匠。
一見すると隙だらけだが、まるで金縛りにあったかのようにその場から一歩も動けない。
ひと呼吸ごとに師匠の放つプレッシャーは増大し、リフレの頬を大粒の汗が伝う。
呼吸を終えた時、師匠の周囲には金色のオーラが立ちのぼり、その瞳は金色に染まっていた。
「師匠、まさか……」
「あぁ、ちょっとね。サムダとあたしの魂を融合したのさ。『ババア、なにしてやが』うっさいね、すっこんでな!!」
少しだけ顔をのぞかせたサムダの人格を、一喝で黙らせる師匠。
サムダの持つ力のみを抽出し、完全に自分のものとしている証だった。
「ま、この通り長いこと持たせられるモンでもないんでね。次で最後としようじゃないか」
「……えぇ」
サムダと融合してしまった以上、もう元には戻れない。
下手をすれば自我すら危うい状況に自らを追い込み、それでもリフレの身を案じてくれている。
(弟子として、応えないわけにはいきません……!)
次で戦いを終わりにする。
決意を固め、リフレは拳をにぎり、師匠と向かい合う。
そして、大地を割るほどの踏み込みと共に、最後の激突が始まった。