66 弟子として
「さぁどうした。師匠自ら稽古をつけてやろうってんだ。さっさとかかって来な」
「……できません」
戦闘態勢を取る師匠に対し、リフレは拳を握らず首を横にふる。
「だって、今の師匠ボロボロじゃないですか……!」
サムダに体を乗っ取られていた状態で、ジョー・ガウン、グフターク、そしてリフレと戦い、師匠の肉体は大きなダメージを受けている。
満身創痍の師匠にむけて拳をふるうなど、リフレには到底耐え難いことだった。
「それに、師匠が弱ればまたサムダが出てくるのでしょう? お願いですから師匠、ご自分を大事にして――」
「……ずいぶん下に見られたモンだねぇ」
ギュンッ!
ケガを負った老婆とは思えないほどの速度だった。
またたきの間に自分の間合いに飛び込み、手刀をふるう師匠。
「……っく!」
とっさに右腕でガードするも、その衝撃に骨がきしむ音が体内に響く。
「この程度のダメージだけで、アンタがあたしの力を上回れると?」
左の打撃、踏み込みからのかち上げ、左右の手刀、膝蹴り、掌底。
続けざまに繰り出される、流れるような連撃。
なんとかしのいでいくリフレだったが、反撃をくりださない消極的な対応では攻撃は止められない。
「いつの間にやら偉くなったもんだ! その自信、過信じゃないか見せてみな!」
「し、師匠、待ってください……!」
「老い先短いんだ、待たないね!」
低く身を沈めてからのアッパーにガードを崩され、リフレは両腕を上げた形に。
がら空きになった胴体へめがけて、地面を砕くほどの踏み込みから必殺の一撃が繰り出される。
「鷲爪撃!」
ギャンッ!!
手を鷲のかぎ爪に見立て、鋭いひと振りで相手を切り裂く。
師匠の編み出した技の中でも基本的、かつ汎用性に富む、リフレが初めて教わった技。
左の脇腹から右の肩にかけて大きな五本の傷が走り、大量に血が噴き出す。
リフレの背後にもその威力はおよび、地面に五本の亀裂が走り、大きな雲が一つかき消された。
「……っぐ!」
衣服も傷も、オートヒールがすぐに修復。
見かけ上の傷こそないものの、リフレのメンタルへ与えたダメージは絶大だった。
(師匠……、どうして……。わたくしを本気で攻撃するだなんて……)
修行の際、数々の技を何度もその身に食らって学んできた。
しかし師匠が本気で放つ鷲爪撃を受けたのは初めてのこと。
たとえオートヒールがあったとしても、師匠が本気の一撃をリフレに放ったことなど一度もない。
「師匠、もうやめてください……! こんなことをして、なんの意味があるのです!」
「意味ならあるさ。修行だと言ったろう!」
「今さら……、今さらなんの修行なのですか!」
動揺する弟子に対しても、師匠の攻撃の手はゆるまない。
嵐のような連続攻撃を防ぎ、時には食らいながら問いかけるリフレだったが、
「自分のおつむで考えな!」
そんな彼女に師匠の一喝が飛び、そして、
「犀穿撃!!」
回転を加えた拳の一撃が、リフレの腹部に突き刺さった。
「ごぼ……っ!!」
吐血しながら吹き飛ぶ中で、リフレは自問自答する。
師匠の言いつけを無意識に守り、自分の頭で考えるために。
(どうして、師匠は本気の技をわたくしに振るうのでしょう……)
地面にたたきつけられ、何度もバウンドするリフレの体。
(どうして、先ほどまで笑っていた師匠が、怒ったような表情をしているのでしょう……)
砂煙を上げながら転がり、力なくゴロリと仰向けに転がる。
(わたくしが師匠を怒らせてしまったから……? どうして、怒らせてしまったのでしょう……)
親同然の存在である師匠。
封印から108年も経っていて、もう会えないと考えた時に味わった寂しさは忘れられない。
生きて再会できた時の喜びもまた。
(死んでほしくない、それだけなのに……。わたくしはただ、師匠に生きていてほしいだけ……。……生きていて、ほしい?)
その時リフレの脳裏に、ある疑問が生まれた。
自分はいつまで、師匠に生きていてほしいのだろう、と。
(108年、わたくしにとってはあっという間でした。寝て、起きたら、108年が経っていました。ですが師匠にとって、この108年はどれほど長かったのでしょう)
魔族となったライハと違い、師匠は今なお普通の人間。
ロークの技術で無理やり延命してきただけの人間だ。
(知人、友人がすべていなくなっても、世界が壊れてしまっても、師匠はずっと生きてきた。なんのため? サムダを自由の身にさせないためでもありますが、わたくしが心配だったから……なのではないですか?)
きっと何度も終わりにしたいと考えただろう。
それでも生き続けたのは、リフレが心配だったから。
先ほどの笑顔の意味は、リフレの成長を前にして、もう心配いらないと確信したから。
(でも、失望させてしまった。師匠に甘えて、ワガママを押し通そうとして、あの人の望む終わりを否定してしまった……)
手足に、力が戻ってくる。
開いた手を握り、拳を固めて立ち上がる。
(そう、です……! あの人の弟子としてなすべきは、甘えてすり寄ることじゃない……!)
見すえる先に、ゆっくりと近づいてくる師匠の姿。
先ほどまでとはまったく違う、覚悟を固めた弟子の目に、口元をわずかに緩める。
「……ほう。いい顔になってきたじゃないか」
「師匠、ここからはわたくしも本気でいきます。あなたが安心して逝けるよう、全力で……!」




