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62 愚弄するな




「では、魔王城に行きましょうか」


 荒野と化した第一区の中心。

 満身創痍のライハに肩を貸すために、リフレが彼女を助け起こそうとした時、


「……ちょっと待って。誰かがこっちに来てる」


 何かを引きずりながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる何者かの存在にライハが気付く。

 リフレもそちらに目線をむけ、すぐにその正体を悟った。


「あれは……っ」


「……くそっ!」


 驚きの声をあげるリフレに一歩遅れてライハが毒づく。

 その間にも人影は彼女たちに近づき、間合いの外ギリギリ――二十メートルほどの距離を開けて足を止めた。


「驚いたねぇ。ニローダが追い出されてるじゃないか。一体どうやったんだい?」


 リフレと、それからライハを見やり、口を開く来訪者――サムダ。

 思惑が崩されたにも関わらず、余裕たっぷりに笑みを浮かべる。


「愛の力ってとこかな。それよりさぁ……、その手に持ってるやつ。あたしのだから返してくんない?」


「あぁ、これかい? こんなボロ雑巾でも返してほしいのかい」


 視線で射殺せそうなほどに殺意をむき出しにしつつ、敵の引きずっているものを指さすライハ。

 サムダは『彼女』の頭をわしづかみにしたまま、見せつけるように持ち上げた。

 両手両足をもがれ、腹に風穴が開き、全身血にまみれた無残な姿のグフタークを。


「ま、おう……、さま……」


 かろうじて意識を保っている程度で、ライハには気づいていないのだろう。

 焦点の合わない目で、彼女はうわごとのようにつぶやく。


「はぁ、またかい。戦っていた間もずっとこの調子、バカの一つ覚えのように魔王様魔王様と、気色悪いったらないねぇ」


「……返せっつってんのが聞こえないのか」


「おー怖い。いいさ、こんな汚いモン。欲しけりゃくれてやる。ほらよ」


 ブンっ!!


 無造作に投げ捨てられたグフタークの体が、ライハの前までゴロゴロと転がっていく。

 その衝撃と、ライハのすぐそばまで来たことで、彼女はようやく主人の存在に気がつき、


「あ……、ま、おう、さま……」


 そしてライハと、そのとなりにいるリフレへ順番に目をやって安堵の表情を浮かべる。


「ニローダを、打ち払えたの、ですね……。よ、かった……。わた、しも、ジョーどの、も……、命令を、果たせ、た……。命を張った甲斐が、あり、まし……た……」


「そっか……、ジョーは……」


 グフタークの言動から、ジョー・ガウンの死も察せられた。

 ともに出陣した魔族兵たちも、サムダの手によって全滅したことは想像にかたくない。


「ともかく、グフタークだけでも戻ってよかった。リフレ、オートヒールを――」


「もう、遅いです」


 静かに、首を左右にふるリフレ。

 ライハの前に横たわるグフタークはすでにピクリとも動いておらず、安らかな表情のまま。

 その体のあちこちから、黒いチリが立ちのぼり始めていた。


「……なんだよ」


 気力だけでここまで命を保っていたのだろう。

 肩口や足の付け根から崩壊し、粒子となって消えていく部下に、ライハは震える声でつぶやく。


「命令を果たせても、生きて戻ってこいってお願いは果たせてないだろ……。あたしに蹴り殺されたいんじゃなかったのかよ……」


「ライハ……」


「もう、殴ってやれないじゃんか……」


 グフタークの肉体が完全に崩れ去るまで、そう時間はかからなかった。

 黒いチリが風に飛ばされ、残された鎧と衣服がはためく。


 うつむいたまま拳をにぎりしめるライハ。

 どう声をかければいいのかわからず、立ち尽くすリフレ。

 重苦しい沈黙をやぶったのは、


「……くくくっ、あーっはっはっはっは!!」


 心底からの愉悦を孕んだ嘲笑だった。


「サムダ……! 何がおかしいのです!」


「くくく……、これが笑わずにいられるかい。魔王魔王とうるさいものだから、最期に魔王の死体と対面させてやろうかと思ったら、それ以上の最高の見世物だったさね。くくくくくっ」


「見世物……!?」


「魔王様ともあろうお方が、情けない声出しちゃってさぁ。あたしらの独り占めじゃあもったいない。家臣たちにも聞かせてやったらどうだい?」


「この……っ!!」


「……落ち着いて、リフレ。冷静さを失わせるための安い挑発だ」


「ライハ……! ですが……」


 平静を保った様子で顔を上げるライハ。

 激情を、怒りの腹の中で煮えたぎらせながらも、つとめて冷静にサムダへ問いかける。


「ねぇ、不思議なんだけどさ、ずいぶん余裕じゃん。せっかく呼んだニローダを、リフレから引っぺがされたってのに」


「当然さ」


 返ってきたのは余裕たっぷりの回答。

 挑発をかねて、サムダは大げさに身振り手振りを交えながら解説を始める。


「ニローダは死んだわけじゃない。ただリフレの体を追い出されただけ。ならば同じ手順を踏んで、もう一度呼び戻せばいい」


「そうなったら、こっちもまた同じ手順で追い出してやるよ」


「いったいどういう手順を踏むのか気になるところだが、そいつぁ不可能だね。なぜなら魔王、お前はすでに戦闘不能だからだ」


「……チっ」


「理解したようだね。まだどちらも勝利条件を満たしちゃいない。ここであたしがリフレを戦闘不能にし、魔王を殺せばそれでおしまいなのさ」


 ニローダと違い感情を持つサムダは、感情をもてあそぶ術も知っている。

 老婆の顔が悪辣な笑みにゆがみ、ライハの前でたなびく服と鎧を――グフタークの名残りを指さした。


「今のアンタなら、さっき殺したゴミよりも、もっと簡単に殺せるよ? さて、どうしてほしい。同じように両手両足を引きちぎって、泣き叫ぶ様子を家臣に見てもらうってのはどうだい? あーっはっはっはっはっ――」


 バギャッ!!!


「がぶぁっ!!!」


 高速で間合いをつめたリフレの拳が、サムダの顔面を殴り飛ばす。

 サムダはきりもみ回転で吹き飛び、両手両足で四点着地。

 口から垂れた血をペッ、と吐き出す。


「……なんだい、師匠に手を上げるとは。見下げ果てた弟子だねぇ」


「黙りなさい、寄生虫ふぜいが。それ以上師匠の体で、声で、師匠やライハを愚弄するな……っ!」




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