60 半分
サムダの心臓に迫るグフタークの刃。
その切っ先は吸い込まれるように、狙いたがわず心臓をつらぬく――はず、だった。
ズガッ……!
「な……っ!?」
しかし、刃を突き出した時。
すでにサムダはそこにはいない。
突きの威力がガレキを巻き上げ、敵を見失った二人に衝撃が走った、次の瞬間。
「ぐあぁっ!?」
ジョー・ガウンの胸筋が切り裂かれ、緑色の血が噴水のように吹き上がる。
「ジョー殿――がっ……!」
メリィ……ッ!
そして、グフタークの腹部には深々と拳が突き刺さった。
意識は刈り取られなかったものの、ただの一撃で視界がぼやけ、その場に膝から崩れ落ちる。
「ぐぅ……っ、バ、バカな……!」
「まさかこのあたしに、血を流させるとはねぇ。少々見くびっていたよ」
瞬く間に二人の区長をダウンさせたサムダ。
口元の血をぬぐいながら不敵な笑みを浮かべる様子からは、圧倒的な余裕が感じ取れた。
「ジョー殿の技の直撃を受けて、この程度のダメージとは……」
「貴様……、今まで手を抜いていたのか……!」
「好きで手ぇ抜いてたわけじゃぁない。元気な婆さんを抑えておくには、かなりの力が必要でね。どの程度を戦闘に配分したものか、探り探りだったのさ」
サムダの肉体の持ち主である師匠は、感情を奪われていたリフレと異なり半ば強引に心の底へ押し込められている。
いささか乱暴が過ぎる力技。
少しでも気を抜けば、たちまち主導権を奪い返されるだろう。
「さしあたって、さっきまでの力配分は婆さん8対あんたら2。それを5:5まで持ち込んだんだ。ほんと、大したもんだよ」
「5:5……ッ!?」
まだ半分の力しか出していない。
にも関わらず、サムダの動きにまるでついていけなかった。
力の差を見せつけられ、驚愕にゆがむ二人の表情を満足げにながめると、サムダは視線を一区の浮き島へとむける。
雷鳴がとどろき、光が降り注ぐ天変地異のような戦いは、ここからでも観測できるほどだった。
「あっちの方、ずいぶん派手にやってるねぇ。こりゃぁ万が一もあり得るかもしれない。早いとこニローダに加勢してやりたいもんだが……」
そこで言葉を区切り、倒れたままの二人を見下ろしながら、彼女は提案する。
「どうだい? 大人しく殺されてくれないモンかねぇ。これ以上戦っても、無駄だと思い知ったろう?」
「……ふっ、ふふふ……っ」
「……?」
心を折られ、絶望して首を差し出すと想定していたサムダ。
ところがジョー・ガウンは、歓喜に満ち満ちた表情で笑みをこぼしながら立ち上がる。
「どうした? 狂ったかい?」
「狂ってなどいられようか。嬉しいのだ……!」
一般的な魔族ならば、サムダの目論見通りに逃走するか、無意味な命乞いに走っただろう。
だが、サムダは知らない。
ジョー・ガウンという男の特異性を。
飽くなき戦闘への探求を。
「鍛えぬいた我が肉体、その限界を推し量るに足る強敵を前にして、全身の筋肉が湧き踊っておるわ……!」
そしてもう一人。
常識では測れない特異な魔族がそこにいた。
「……ジョー殿の言に賛同はできぬが、私とてこのまま寝ているわけにはいかぬ」
「……ほう」
剣を杖に立ち上がり、鋭い眼光を投げかける第二区長・グフターク。
「貴様の強さ、このまま通してしまえば間違いなく魔王様の障害となる。ならば、この身に代えてでも。この場を一歩も通しはしないッ!!」
「大した覚悟だねぇ。何がアンタをそうさせる? 忠誠心か。それとも名誉欲か」
「愛だッ!!!」
「愛……ッ!?」
空気を震わす声量の、思いもよらぬ返答。
サムダは目を丸くしたあと、哀れみ混じりの冷笑を浴びせた。
「……はははっ、哀れなもんだねぇ。たとえその身を犠牲にしようと、愛しの魔王は聖女にお熱だ。いくら望んで求めても、手に入りやしないってのに」
「報われぬ思いであるなど百も承知。手に入らぬからこそ思い焦がれ、強くなっていくものなのだ」
「なるほどねぇ。では何も報われないまま、この場で死んでもらうとするか」
「むざむざ殺されるつもりもない。生きて帰れば、魔王様が折檻してくださるのでなッ!!」
決然と言い放ち、サムダへ果敢に斬りこむグフターク。
ジョー・ガウンも同じく、己の筋肉を信じて立ち向かう。
そうして数分がたったころ。
グフタークは剣をへし折られ、ジョー・ガウンの体にはおびただしい傷が刻まれていた。
しかし、その心はどちらもまったく折れていない。
どれほどダメージを受けようと必死に食らいつく二人に対し、むしろサムダの方がうんざりした様子で首をふる。
「諦めが悪いねぇ。そろそろ死んでくれたらどうなんだい」
「まだだ……! 愛しき魔王様のために、ここで倒れるわけにはいかぬ……!」
「半分程度の力で……、鍛え上げた我が肉体を殺せるなどと思い上がるな……!」
「はぁ……、面倒だねぇ。もう一段、ギアを上げるか」
小さくつぶやくサムダ。
直後、その体から圧倒的なプレッシャーが放たれる。
「これで7割。後悔するんじゃないよ?」
「ぐ……、臨むところ……! 策など無いが、たとえ玉砕してでも魔王様のために――」
「待て、グフターク」
命を捨てる覚悟を決めたグフタークの肩を、ジョー・ガウンがつかんで押しとどめる。
その表情には、彼女と同じく覚悟の色が見て取れた。
「ジョー殿……?」
「私に考えがある。乗ってくれるか……?」
 




