06 少女の瞳に宿るもの
「ぶっ……! が……っ!?」
殴り飛ばされ、転がされ、あおむけに倒れるモンデス。
なにが起きたのか理解できず、鼻血を垂らしながら上体を起こそうとすると、
「下っ端さん、質問です」
グイっ。
リフレに顔面をつかまれ無理やり引き起こされる。
「質問というか、念のための確認ですね。今から80年ほど前、世界は魔王に支配された。合っていますか?」
「に、人間が……ッ! 魔族にこのような仕打ち、ただですむとでも――」
ゴシャァッ!!
頭部を地面に叩きつけられ、モンデスの声はさえぎられる。
リフレには、この男との会話に応じるつもりは欠片もない。
ただ確認すべき情報を確認し、そのあとで駆除するだけだ。
「もう一度、聞きますよ? 今から80年ほど前、魔王が世界を滅ぼした。合っていますよね?」
「ひっ……! え、えぇっ、合ってる、合っています!」
恐るべき腕力によって、つかまれた頭が少しも動かせない。
リフレの冷たい瞳に底知れぬ殺意を感じ、圧倒的な力の差を理解して絶望したモンデスは、何度も何度もうなずいた。
「やはり……。わたくし、108年も眠っていたのですね……」
裏付けが取れてしまった。
覚悟していたものの、やはり事実として確定してしまったショックは大きい。
同じ時代に生きた者たちが、誰一人として残っていないのだから。
(……だとしても、魔王城で見た顔、聞いた声。わたくしがライハを見間違えるはずありません)
他人の空似とは考えられない。
さきほど考えた通り、彼女も自分と同じように封印されていたのだろうか。
どちらにせよ、魔王城のある上層を目指す目的に変わりはない。
「こ、答えましたでしょう! さ、逆らったりしませんから、ジャージィ様に報告もしませんから、命だけは……!」
「……さて、大きな目標を立てたところで、まずは目の前のことからコツコツと、ですね」
見つけ次第、魔族は殺すとそう決めている。
リフレの両手がモンデスの頭を左右からつかみ、
「もういいですよ。用件は済んだので、救済してさしあげます」
「た、助けていただけるんです――」
ゴキィ!
「かっ……!」
180度回転させた。
首の骨が折れる音とともに、モンデスの顔は背中側をむく。
「どう、じで……、たす、けてくぇるって……」
「存在自体が間違っている魔族の方々にとっては、無へと還してあげることが一番の救済なのです」
「い、イカれ、て、え゛ぇ゛」
ブチブチブチィ!
そのまま一回転、二回転、三回転と首を回してねじ切ると、リフレはモンデスの首を投げ捨てた。
絶命した魔族の肉体が黒いもやとなって消えていくが、もはや彼女の興味はそこにはない。
「大丈夫ですか?」
住民からリンチを受けていた少女へ、慈愛に満ちた視線をむけながらゆっくりと歩み寄っていく。
対照的に、少女を暴行していた者たちは引きつった表情で後ずさっていった。
このエリアの住民たちにとって、魔族とは神にも等しい存在。
神という概念を知っているかはさておき、それにならぶ者たちだった。
その魔族をあっさりと惨殺してのけたリフレに、彼らがそれ以上の恐怖を抱くのも無理はない。
だが、少女だけはちがった。
リフレがモンデスを一方的に痛めつけて殺したとき、彼女が感じたのは解放感、高揚感。
どちらも生まれて初めて味わう感覚。
それをもたらしてくれたリフレが、少女には神々しい存在にすら見えた。
「ひどいケガですね、今治してさしあげます。……オートヒール」
リフレは少女の前にしゃがみこみ、癒しの魔力を流す。
とたんに傷が、さらにはボロボロだった布切れや、伸び放題の髪までもが修復されていった。
「……はい、これでもう大丈夫」
信じがたい奇跡を目の当たりにして、民衆からざわめきが起こる。
せまいエリアで管理され、知識を得られず教育も受けられない彼らにとって、人間が魔法を使うなど考えもしないことだった。
この時点で、リフレはもはや恐怖の対象でしかない。
彼女がすっ、と立ち上がった瞬間、いっせいに人波が引いていく。
「あら……? 皆さま方、もう危険はございません。安心して――」
「ひ、ひぃぃ……っ!」
「に、逃げろ……!」
「な、なにも見てない、なにもしらない……っ」
「あらあら……」
背をむけて逃げ出していく民衆たち。
恐れられていると理解したリフレは、困り顔で彼らを見送った。
内心、かなりのショックを受けつつ。
「気にしない方がいい。ここの連中、みんなあぁだから。いつも何かにビクビクして、死にたいと思いながら生き続けてる。生かされ続けてる」
「……あなたは、ちがうのですか?」
ただ一人、逃げない少女にリフレは問いかけた。
歳は12ほどだろうか。
黒く長い髪に切れ長の瞳、その奥の光にはギラついた、危うさすら感じる力強さが宿って見えた。
(たしかに他の方たちと、ずいぶん様子がちがいますが……)
「ちがう。アタシはあいつらとはちがう。こんなとこ今すぐ出ていきたい。出ていって、こんな目にあわせてるやつをブッ殺して、クソみたいな世界を変えてやりたい」
「あらあらまぁまぁ……」
「アンタ、どうして魔族を殺すの? これからも殺してくの?」
「えぇ、一人残らず殺します。奴らはこの世界の害虫だからです」
「……だったらアタシも連れてって。魔族が死ぬとこ、もっと見たい」
思わぬ申し出に、リフレは目を丸くした。
特に断る理由もないが……。
「本当に、いいんですか? ご家族に相談とか――」
「家族なんていない。じいちゃんだけいたけど、魔族に連れていかれた」
「そう、ですか……」
彼女の気性を考えれば、ここに置いていてもロクでもない末路をたどるだろうことが目に見えている。
「わかりました、共に行きましょう。あなた、名前は?」
「名前……? そんなのない」
「ないのですか……! あらあらどうしましょう」
ないならどう呼べばいいのか。
首をひねってしばし考え、リフレはポンと手をたたく。
「では、あなたは今日からニルです!」
「ニル……」
「祝福の意味を持つ、縁起のいい名前ですよ。どうです、気に入りました?」
「……ニル。わかった、アタシはニル」
「……」
表情が変わらないので、気に入ってくれたのかよくわからない。
ともかく、受け入れてくれたなら嫌ではないのだろう。
「わたくしはリフレです。では行きましょうか、ニル」
「……うん」
 




