58 本当の――
片や剣で体を刺し貫かれ、片や両足を消し炭寸前にまで焼き焦がされた状態。
ましてもつれ合うような体勢では、高所からの着地は困難だった。
二人は抱き合ったまま真っ逆さまに落ちていき、
「い……ったた……」
重なり合って地面に激突した。
「ライハ、大丈夫ですか?」
「落ちたダメージなら大丈夫。けど……、こっちは無理そうかな……」
全体が黒く焼け焦げ、一部は炭化し骨まで露出したライハの両足。
目をそむけたくなるほど痛々しい有り様に、リフレは口元を両手でおおう。
「……っ。わたくしを助けるために、こんな大ケガを負って……」
「はは……、リフレを助けられたんだもん。こんくらいどうってこと……っぐ!!」
「無理しないでください! 今治します……!」
リフレはライハに触れ、自身の魔力を流し込んだ。
すぐにオートヒールが発動し、彼女の足がみるみるうちに復元していく。
「……やっぱすごいね、リフレのオートヒール」
「痛みはありませんか?」
「や、もう全然。戦う力の方は、もうスッカラカンだけどね」
傷が回復できても、失った体力や魔力、絶望は戻らない。
ニローダとの戦いで全てを出し切り、体内にある自前の絶望の大半をリフレに注いだ今、戦闘は到底不可能だろう。
「むしろリフレこそ、平気なの? それ……」
ライハの言う『それ』とは、リフレの腹部に突き刺さったままの剣。
傷口から血が染み出し、こちらもまた痛々しい。
「痛みには慣れてますから」
「慣れ、ね……。痛くないわけじゃないんだよね」
「えぇ、痛いです。でも我慢……できますっ!!」
ズボォッ!!
力をこめ、勢いよく剣を引き抜くリフレ。
出血と痛みに顔をしかめるものの、オートヒールによってすぐさま傷口がふさがった。
「……はい、我慢できました。もう痛くありませんよ」
「我慢できても、やっぱりリフレが痛いのは嫌だな……」
「……ふふっ。不思議ですね。再会してから何度も戦ったのに、こうしてまたお互いを心配し合うだなんて」
「あたしはずーっとリフレのこと心配してたし……」
照れつつそっぽをむくライハ。
かつて二人で旅をした時と同じものを――二度と取り戻せないと思っていたものを噛みしめて、リフレの胸の奥に熱いものがこみ上げた。
「……あ、そうだ。ひとつ謝らなきゃいけないことがあって……」
「……? なんでしょうか」
バツが悪そうなライハに、リフレが小首をかしげる。
ライハは少しの間、あーでもないこーでもないとつぶやいたあと、勢いにまかせて切り出した。
「リフレは覚えてないだろうけど、ニローダを追い出すためとはいえ、その……絶望を、唇から、注いだんだ……。だから、その……、きっとリフレ、そういう経験ないだろうし……えっと……」
しかし、当初の勢いはどこへやら。
しどろもどろのライハに苦笑いしつつ、事情を把握したリフレは、
「ライハ、人工呼吸って知ってますか?」
「え? はい、救命活動の……」
「ライハがわたくしにしたというのは、ニローダを追い出すためのもの。いわば救命活動、人工呼吸と同じ部類に入りますね?」
「はい、入ります……」
「人工呼吸はキスですか?」
「いいえ、救命活動です……」
「ということは?」
「キスじゃないです、ノーカンです……」
「はい、よくできました」
問答の末、アレがキスではないことをライハに認めさせた。
がっくりと肩を落として落ち込むライハに、しかしリフレはニッコリと笑みを浮かべたまま。
座ったままのライハにそっと体を寄せ、
「……ですから、コレが本当のわたくしの初めてです」
「へ……? んむっ!?」
唇を、重ね合わせた。
「……っはぁ。ライハも初めてですよね? ごちそうさまです」
「あ……、あぅ……」
「ふふっ、どうしたんです? 顔、まっかっかですよ?」
「あの……、ちょ、ちょっと休ませて……」
ライハの動悸と顔の赤みがおさまったところで、リフレは現状の説明を受けた。
「そうですか……。魔族が、人類のために……」
「ま、結局は食糧源である人間を滅ぼされたら困るっていう、魔族らしい動機なんだけどね。……まだ、魔族を滅ぼしたい?」
「……わかりません。すぐには、結論を出せません」
「……そっか。ま、そうだよね」
全てが解決したあと、魔族を殺す日々に戻るべきかどうか。
ニローダたちの存在によって、これまでの生き方が根底から揺らぎ始めたリフレに、結論を急がせる必要はないだろう。
ライハはひとまず話を切り上げて、話題の転換をはかる。
「……ところで、ニローダは? もちろん死んだわけじゃないんだろうけど」
「わかりません。元の居場所に帰ったのか、まだどこかに精神体として存在しているのか……」
「どっちにしろ、今のあたしらには手出しできないね」
ニローダを倒さない限り、現生人類は危機に瀕したまま。
根本的な解決には、まだまだほど遠い。
「ひとまず魔王城に戻って、話はそれからかな。各地の被害状況とか、部下の無事も確認しなきゃだしね」
ここまで邪魔が入らなかった以上、グフタークたちの足止め作戦は成功したと言えるだろう。
しかし、果たしてサムダは倒せたのか。
他の地区への敵の侵入や戦局も未知数。
「では肩を貸しましょう。それともお姫様だっこがいいですか?」
「や、魔王の威厳ってモンがあるから、肩でお願いします……」




