56 賭け
「感情のない世界。はー、想像するだけで退屈すぎて吐き気がするね」
ニローダの目指す世界を知り、嫌気の差した表情を浮かべるライハ。
しかし、それは表面上のふるまい。
リフレを救う糸口をつかむため、彼女はニローダの一語一句を聞き逃すまいとしていた。
「感情不要論。まぁ、アンタ個人の主張としてはいいとして……」
対話に応じながらも、ニローダの攻撃の手は止まらない。
立て続けに放たれる光線をかいくぐって間合いをつめ、ライハも雷鳴を乗せた連撃を繰り出す。
回避しようともせず、肉体を斬り刻まれるニローダだったが、やはりすぐに復元。
リフレに有効だった電撃による麻痺も、オートヒールの性能が高すぎるからか効果は見られない。
「アンタの仲間、えらく感情豊かだったよね?」
「サムダか。クタイか。マルーガか。曖昧な問いは非合理的」
ドギュゥ!
返しの光線で腹部の真ん中をつらぬかれ、地面にたたきつけられるライハ。
「ぐっ……!」
続けざまに振り下ろされた極太、かつ長大な光の刃を、真横に全速力で移動して回避。
彼女の避けたあとには、数百メートル以上の地割れが残された。
「あっぶな……」
今のライハでも、肉体をまるごと消し飛ばされては回復しきれない。
腹部の穴を再生させながら、魔王の背を冷や汗がつたう。
「……っと、話の続きだ。サムダってヤツ以外、知らない名だけど。ま、そいつら全員感情豊かってわけだよね」
「質問の意図が見えない。これ以上の対話は無意味と――」
「おっと、慌てなさんな。アタシが聞きたいのはつまり、アンタのお仲間には感情がある。じゃあ、感情を不要だとブチ上げるアンタに感情は? ってコト」
「存在しない。我はただ、自らの行うべきを遂行するのみ」
「……なるほどね。それだけ聞ければ充分だ。もう対話なんて必要ないよ」
ニローダの回答から、ライハはある可能性を見い出した。
所詮は可能性に過ぎないが賭けてみる価値はある。
少なくとも、このまま倒れるまで負けのわかっている消耗戦を続けるよりはずっといい。
「そうか。では排除する」
対話の打ち切りを受け、ニローダも再びライハを殺すことに専念する。
まず彼女は翼を大きく広げ、魔力を全身にみなぎらせた。
直後、浮遊するニローダの周囲をかこむように十個ほどの光球が浮かび、光線が発射される。
ところが、その標的はライハではなかった。
ズガァァァァァァァッ!!!
炸裂する爆音、地盤がゆらぐ轟音。
光線が撃ちこまれたのはライハの周囲、数十メートルの地面。
均等にうがたれた穴から亀裂が走り、足元の地盤が崩壊する。
「しまっ……!」
体を襲う浮遊感。
大きく体勢を崩すライハに対し、ニローダはトドメの一撃を用意していた。
彼女の頭上に作り出される、直径百メートル近い巨大な光球。
再生を続けるライハに、通常の規模の攻撃ではいたちごっこになると踏んだのだろう。
大規模攻撃で肉体そのものを消し飛ばし、一気に勝負をつけようとしている。
「くそ……っ、腹立つほど合理的だな……!」
舌打ちをしつつ、ライハは周囲を見回した。
この攻撃をまともに食らえば一巻の終わり。
ニローダを倒すことはもちろん、リフレを救うことすら出来ない。
「終わりだ。肉の一片も残さず消えるがよい」
ブンっ……!!
かかげた腕を振り下ろすと同時、大光球が放たれる。
巨大さとは裏腹に、通常の光線に並ぶ速度で迫りくる死。
ガレキの上にかろうじて足がついたものの、ここから攻撃範囲外に出ることはもはや不可能だった。
(こりゃ、諦め時かもね……。――無傷で終わらせることを、さ)
逃げられないなら、前に活路を切り開く。
再生のための絶望を使い切ってでも、この場を切り抜けてリフレを取り戻す。
覚悟を固めたライハは雷の力を全開にした。
全身に青い電光をまとい、バチバチと散る火花。
同じく雷をまとった切っ先が破滅の光へとむけられ、
「――穿ち雷電」
地を蹴って、一直線に大光球へ突っ込んだ。
音すらも置き去りにするほどの超高速の突進。
一瞬で体が蒸発するほどの高熱と衝撃の中、絶望の供給による再生がライハの体を瞬時に修復していく。
「っぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」
突き抜けるまでの時間は一秒にも満たない。
しかしライハにとってはその時間が一分にも、一時間にも感じられた。
そして、
ブァァッ……!!
大光球を突き抜けたとき、ライハは体のあちこちが焼け焦げ、足の一部に至っては骨が露出していた。
上半身のダメージこそ再生したものの、下半身は修復せず。
それはつまり、再生のための絶望が尽きたことを意味している。
「敵戦闘能力の喪失を確認」
「魔王、なめんな……っ!!」
しかしライハの心は折れていない。
光球を突き破った勢いのまま、間合いに入った瞬間にニローダの両腕を斬り落とし、胸に刃を突き立てる。
無意味なあがきと判断し、あえて回避をしなかったのは、ニローダの合理性が生んだミスだった。
事実、すぐに両腕は生え変わったのだが、
「へへ……っ、捕まえた……!」
ニヤリと笑うライハ。
直後、
「ん……っ」
「……?」
彼女はニローダ――否、リフレの肉体と唇を重ねた。
あまりに合理性のない不可解な行動を前に、ニローダが硬直する。
しかし次の瞬間には、魔王の狙いをその魂で思い知ることとなる。
「……っ!?」
ドクン。
口を経由して体内に送り込まれる、霧状化した感情の奔流――絶望。
自らが不要とするものを、リフレの肉体が渇望していたものを注がれ、
『――ライ、ハ……?』
魂の奥底で、体に宿ったもう一つの魂が目を覚まそうとしていた。
 




