55 別次元の戦い
すでにその場所からは、人も魔族も姿を消していた。
あらかじめ避難をしていた人間たちはもちろん、戦う力を持った魔族の戦士たちですら、あまりに次元の違う戦いを前に、ただ遠巻きに見守るのみ。
近づくだけで巻き添えを食らい粉々に消し飛ぶことを、そこにいる誰もが理解していた。
ニローダと魔王の戦いが始まってから五分と少し経った今。
ジョー・ガウンの屋敷があった場所を中心とする周囲一キロほどが、何もない荒野へと変わり果てていた。
ガレキのみが散らばる荒涼とした風景の中心には、嵐のように風が渦を巻いている。
その中心部、常人には目視どころか存在すら認識できないほどのスピードで、二人の戦いは続いている。
「瞬雷連撃!!」
突進しつつの瞬間的な十六連斬が、ニローダの体を斬り刻む。
しかし、主がニローダとなっても肉体はリフレのもの。
健在どころかさらに強化されたオートヒールによって、細かく分割された体が一瞬で元通りになる。
「魔族に告ぐ。そなたの攻撃はすべて無意味。すべてが徒労に終わる」
「なんだよね。だから安心して斬れるんだけど」
ニローダの意図しないところとは言えリフレが人質に取られているような状態。
さらに二者の力は限りなく拮抗している。
少しでも手を抜けば均衡が崩れ、殺されかねない状況で、いくら攻撃しても構わない現状はライハにとってむしろ好都合とすら言えた。
(こうやって攻撃を繰り返しながら、なんとかリフレの意識を呼び戻す方法を探るんだ……)
今はまだ糸口さえ見えていないが、この極限の戦いの中で必ず。
決意を新たに、ライハは反撃をしかけるニローダをにらみすえる。
「滅びの極光」
ニローダが片腕をかかげると、天高く黄金の雲が渦を巻く。
直後、降り注ぐ光の雨。
針のようにか細い光線がライハの体中をつらぬき、周囲の地盤を砕いていく。
「ぐぅぅぅぅ……っ!!」
全身に細かな穴が貫通するも、魔王の傷はニローダの――リフレのように瞬時に癒えていく。
魔王城内に保存されている絶望を回復のためのエネルギータンクとして使用することで、彼女は疑似的なオートヒールを実現していた。
とはいえ、無尽蔵ともいえるニローダの魔力に対し、絶望の貯蔵には限りがある。
このままのペースで削り合いをすれば、最後に立っているのがどちらなのかは火を見るよりも明らかだ。
「っはぁ、慣れないね、この感覚」
攻撃がやんだ瞬間、すぐさま距離をつめに飛びかかるライハ。
大量の雷エネルギーを刃にまとい、最上段から繰り出すはかつて魔王を討ち取った一撃。
「雷鳴……破断っ!!!」
ズガァァァァァァァッ!!!
斬撃と同時に落雷の爆音がとどろき、ニローダの肉体は背後の地面ごと真っ二つに断ち切られる。
巨大な地割れが第一区の浮き島に走り、島中が大きく揺れ動いた。
しかし。
「……繰り返す。攻撃は無意味」
ぐにょんっ。
ニローダの肉体は当然、元に戻る。
着地したライハを狙い放たれる光弾。
すぐさま飛びのいて回避したライハは、うんざりしたようにため息をついた。
「あのさぁ。こんだけやられてんだ、ちっとは痛がったりしたらどう?」
「不要。痛覚など、なんの意味がある」
「意味……」
ニローダの問いかけに、思い出すのはリフレとの旅の一幕。
オートヒールによる回復戦術が未完成のころ、ライハは彼女に問いかけた。
痛みに慣れるのではなく、痛覚そのものを遮断する方法を探すべきなのでは、と。
『たしかに、その方が楽かもしれません。ですが……』
『ですが? なんかイヤな理由あんの?』
『……わたくしのオートヒールは、ともすれば人外じみた再生能力を発揮します。その上、傷を負った痛みまで完全になくしてしまえば、わたくしは自分が人間であることを見失ってしまうかもしれない』
『そんなこと――』
『そんなこと、あるんです。わたくしの、気持ちの問題ではありますね』
(あの時はよくわかんなかった。でも、今ならわかるよ、リフレの気持ち)
魔族として、感情のままに生きる。
そう決めた今だからこそ、ライハには理解できる。
彼女の決断が、どれほど大事なものだったのか。
「……逆に聞くけどさ。あんたにとって意味あることってなに?」
「対話など不要。そも不要な存在である魔族との対話に、応じるつもりなどない」
「不要な存在。だからアンタは魔族と、それを生み出す現生人類を滅ぼして、魔族を生み出さない新しい人類を作ろうとしている」
間合いの外で光線の嵐をかわし、駆けながら、ライハは問い続ける。
「で、具体的にどうやって? わざわざ新しいの作るってことは、なんか根本的に違うんだよね、新人類って」
「繰り返す。対話には応じない」
「答えてくれるまで無限回聞くよ? 答えた方が面倒減って、合理的じゃない?」
「……簡単なことだ」
ライハの言葉に合理性を見出したのか、対話に応じなければ堂々巡りになると判断したからか。
定かではないが、ニローダは口を開く。
感情のまったくうかがえない表情のまま。
「魔族を生み出し、養う絶望とは、人間の持つ感情そのもの。感情がなければ、魔族というイレギュラーは発生しない」
「……つまり、あんたの作りたい新世界ってのは」
「感情を持たぬ人類の世界。魔族を生まず、争いも生じない理想郷だ」




