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53 ロロちゃん人形




 アイリが参戦しなかった理由は、攻撃のスキをうかがっていたからというだけではない。

 むしろ敵の力量と得意な戦法を計るために、観察に徹していた部分の方が大きかった。


 その観察の結果、クタイのスピードは結界を張っている状態でのライハに匹敵するか、あるいは凌駕する。

 おそらく近距離戦に、絶対の自信を持っているだろう。

 そこにつけ入るスキがあるとアイリは分析し、ぬいぐるみの口を敵にむける。


魔族イレギュラーのお嬢さんは遠距離戦がお得意のようだ。だとするならば――」


 対するクタイは、アイリの読み通りに接近戦を狙っていた。

 両の手にたずさえた曲刀が怪しく光り、四つの翼を大きく羽ばたかせ、


「あなたに、勝ち目はありませんよッ!!」


 残像を残すほどのスピードで、一直線にアイリへと突っ込んでいく。

 対するアイリの武器であるぬいぐるみ。

 その口が大きく開き、魔力が収束。


「ロロちゃん人形、甘くみたらいけないの」


 禍々しい極太の光線が放たれるが、


「あなたこそ、このような大規模攻撃をしかけるなど――」


 ギュンッ!


「この私を、甘く見すぎてやしませんか?」


 クタイは超高速で真横に軌道を変更し、あっさりと攻撃を回避してみせた。

 しかし、ここまでのすべてがアイリの狙い通り。


 クタイに避けられた直後、光線は先端部から分裂、拡散。

 無数のか細いレーザーとなって、軌道を変えクタイへと殺到する。


「なん……っ!?」


 意表を突かれつつも、クタイはさらなる高速飛行で射線から逃れようとした。

 ところが、すべてのレーザーが意思を持っているかのように、クタイの逃げる方向へと軌道を変える。


「ロロちゃんすぺしゃる、ほーみんぐ」


「追尾弾、ですか……!」


 高速で逃げ回るクタイと同等か、それ以上の速度で背後を追尾していく無数のレーザー。

 縦横無尽に飛び回り、振り切ろうとするクタイだったが、


「ホーミング、ぷらすあるふぁ」


 さらなる光線が進行方向に発射され、彼の目の前で拡散。


「バカな……っ」


 ズドドドドドドドドドドッ!!!


 前後から挟み撃ちにされ、逃げ場をなくしたクタイにホーミング弾が殺到。

 彼の姿は上空で、爆炎の中へと飲み込まれた。


「だから言ったの。甘くみたらいけないって」


「すごい……」


 文字通り次元の違う、自分が決して割って入れない戦い。

 目の前で繰り広げられる光景に、ニルはそうつぶやくことしかできない。

 同時に、力を得てもなお傍観するしかない自分がどうしようもなく歯がゆかった。


「もっとほめてもいい。よしよしだって許可しちゃう」


 ニルにくるりとむきなおって、頭を差し出してくるアイリ。

 その表情は、感情の薄さのおかげで見えずらいがほんのりドヤ顔。


 なでなでを要求していることは明らかだが、どうしたものか。

 少しの間迷った末に、彼女の頭に手をのばした時。


 ボッ……!


 爆炎の中から、白い影が猛スピードで飛び出した。


「――っ、あぶない!!」


 それがクタイだと認識したのと、アイリへ危険を知らせる言葉が出たのはほぼ同時。

 しかし『あぶない』と言い終わるその前に、クタイは剣の届く範囲にまで距離をつめ、またアイリもニルが口を開くよりも早くに反応し、体を反転させた。


「やはり! 甘くみたのはあなたのようだ!」


 あちこちが黒く焼け焦げ、青い目を金色に血走らせた異形が剣を振るう。

 とっさに――少なくともニルにはそう見えた――ロロちゃん人形を盾にするアイリだが、


 ズバァッ!!


 軌道をわずかにそらすのみ。

 からくりを仕込まれたツギハギだらけのぬいぐるみは、主人の代わりに首を落とされ綿と機械部品をまき散らした。


「武器を失いましたねぇ!! これであなたは丸腰だ!! しかし容赦はしませんよぉ……?」


 勝ち誇り、ニヤリと口元をゆがめるクタイ。

 絶望的な戦況。

 このままでは間違いなくアイリがやられる。


「……っ、やっぱりあたしも――」


 あたしも戦う。

 そう言い出そうとして、口が止まる。


 なぜならアイリの表情が、ほんの少しもゆらいでいないことに気づいたから。

 そして『なにがあっても手を出さないで』という彼女の言葉を思い出したから。


(……信じて、いいんだよね?)


 自分が割って入れば、アイリの足を引っ張ってしまうかもしれない。

 『友達』を信じて、彼女は加勢を取りやめた。


「くくくっ……。魔族のお嬢さん。あなたはその人形と同じように、首を飛ばして差し上げましょう。そして白い腕のお嬢さん。あなたはあとで、しっかり、じっくり、たっぷりと体を調べさせてもらいますよぉ……?」


 微動だにしないアイリを前に、クタイはニルへと視線を送り舌なめずりする。

 そして、まばゆい光を放つ二振りの曲刀を振りかぶり、


「これで、終わりです……っ!!」


 一気に振り下ろした。


 バキィィッ……!


「……バキ?」


 その瞬間、まずクタイが行ったのは自己の認識を疑うこと。

 包帯にまかれた左腕をかざした魔族の少女。

 その腕に刃が触れた際のはじかれるような感触。


 そして、へし折れて宙を舞う二本の刃。

 これらの光景を、とても現実だと認められなかったゆえの思考だった。


「アイリね、怒ってるの」


 包帯が裂け、その下に隠された少女の左腕があらわになる。

 筋ばった黒紫の肌に、鋭くとがった爪の先。

 まるで伝承に語られる悪魔のような左腕が。


「アイリのニルを傷つけるあなたにも、奪おうとするあなたにも」


 か細い少女の左腕が、筋肉質に肥大化する。

 そして、おどろき戸惑うクタイの横っ面へ、


 バギャッ!!


「ぐぼぶぁっ!!?」


 叩き込まれた裏拳が、彼の体を大きく吹き飛ばした。


「っ、は、はぉっ、バ、バカな……っ!?」


「だからね、おしおき。この『絶望の左腕』で、たっぷり絶望するといいよ」




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