51 策は成るか
「なるほどなぁ、円形の広場。取り囲むように建物がならんで、中心に丸い模様、と。おっさん、この広場にいい思い出でもあんのかぁ? 死ぬ前にどうしても行きたい場所だった、とか……」
じっくりと広場の様子を観察し、分析するマルーガ。
上半身を起こし、なんとか起き上がろうとするエゾアールに対し、彼は挑発的な笑みをむけた。
「んーなわきゃねぇよなぁ! この広場、この地形。察しはつくぜぇ? 野郎ども、来な!」
パチンっ!
マルーガが指をはじくと同時、『天の御遣い』たちが飛来する。
第四区を襲っているうちの半数以上はいようか、空を白く埋め尽くすほどの大群だ。
「……っ、ず、ずいぶんにぎやかになってきたねぇ」
「利口に見えるだろ? だが奴らぁ知能が低くてな。俺らの念波を拾うことで命令を聞くんだ。ってなわけで口に出す必要はないんだけどよぉ、俺がどんな命令出すか、気になるだろぉ?」
「あぁ気になるね。どんな的外れな命令を出すのだか」
「強がんなよ。顔、引きつってるぜぇ?」
勝ち誇ったように笑い、マルーガは高らかに命令を下す。
「命令だ! 広場を取り囲む建物を調べろ! 特に二階の窓辺だ! きっと隠れてる奴らが大勢いるはずだぜ!!」
「ぬぅ……ッ!!」
うめき、青ざめるエアゾール。
一方、命令を受けた『天の御遣い』たちは我先にと数々の建物へ群がり、窓を割り、押し入っていく。
彼らの侵入からやや間があって、
「う、うああぁぁぁぁっ!!」
「くそっ、見つかったっ!」
「撃て、撃てええぇぇぇぇっ!!」
悲鳴と怒号、そして銃声が響き渡った。
家屋の二階に隠れ、一斉射撃の機会を狙っていた魔族兵たちは、大量の異形の前になすすべなく、一人残らず狩られていく。
広場にはすぐに静寂が戻り、
「ひかり」
「あかるい」
意味のない言葉を口走りながら、白の異形がぞろぞろと家屋から出てきた。
一部の個体は、黒いチリとなって崩れていく魔族兵の頭部や腕などをにぎっている。
「はははははっ!! やっぱりなぁ、伏兵かぁ! 俺をここに誘い込んで、一斉射撃で討ち取ろうってぇ腹だったんだろうが、アテが外れて残念だったなぁ!!」
「……あぁ、残念だよ」
「俺ぁうれしいぜぇ? だってよ、小細工つぶされて、いよいよ真っ向勝負しかできなくなっただろ? 追い詰められただろ? さあ来いよ、最高のタイマン、楽しもうぜぇ!」
戦斧をかまえ、エゾアールが立ち上がるのを待つマルーガ。
周囲を取り囲む『天の御遣い』たちは動こうとしない。
主人が一対一の殺し合いを望んでいるからだろう。
「……ふぅ。その前にひとつだけ、頼みがあるんだがね」
「あんだぁ?」
対するエゾアールはゆっくりと起き上がり、カタナを両手にかまえながら問いかける。
その眼光は今なお鋭く、心が決して折れていないことを示していた。
「アンタの立ち位置。ちょうどいいんで、もうちょっとの間そこに立っててくれんかね」
「……あぁ?」
発言の真意をつかみかね、動きを止めた一瞬。
エゾアールは切っ先を敵にむけ、深く姿勢を沈める。
「……『吸引』」
ギュンッ!
マルーガの反応速度をも超えるスピードで、小太りの魔族の体は一直線に敵へとむかった。
重力に引かれるようにまっすぐに、まるで磁石に引き寄せられるように。
ドスッ!!
「が……っ」
筋肉で守られた分厚い胸板に、尋常ではない速度を乗せたカタナの切っ先が突き刺さり、背中までを貫通する。
マルーガの口から金色の血が吐き散らされ、衝撃で丸太のような足が一歩、二歩、後ろによろめいた。
「驚いたかね? 反発させられるならば逆もしかり、引き合うことだってできる。嫌いなヤツとくっつくなんざ、死んでもゴメンなんだがね……!」
「へ、へへっ、多少は驚いたぜ? だがよ、この程度じゃ俺ぁ殺れねぇ。致命傷にゃぁほど遠いぜ?」
「そいつぁさらなる好都合。ローク、今だよ!」
『アイアーイ』
ロークに通信が送られると同時、
シュイィィィィィ、カシャカシャカシャっ。
機械音と共に、マルーガの周囲を取り囲むように魔動機銃がせり上がり、銃口をいっせいに標的へとむける。
「ま、まさか……っ!」
「焦ったよ、第一の作戦をつぶされた時はねぇ。だが、終わりだよ。『反発』」
両者の体が再び反発し合い、エゾアールはカタナを引き抜きながら真後ろに飛んでいく。
そして、彼が離れた瞬間。
ズドドドドドドドドドドッ!!
機銃の一斉射がマルーガの全身を貫いた。
『どうだい? ニル君に打った薬を応用して開発した、抗天化弾の威力は』
「ぐおおおおおおあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「効果抜群のようだねぇ、気に食わないが」
暴徒鎮圧用に、このような機銃は各所に設置されている。
抗天化弾を持たせた兵による奇襲が失敗した場合に備え、ロークはあらかじめ同じ弾をこの場所の機銃に装填していたのだった。
やがて機銃の残弾が尽き、マルーガの絶叫も止まる。
嵐のような銃弾の雨を撃ち込まれ、純白の巨体は金色の血潮にまみれていた。
「……ふぅ、やったね。やれやれ」
「――っ、死んだとでも思ったか? この程度で、この俺がっ!」
しかし、マルーガは倒れない。
なおも闘志をみなぎらせ、戦斧を振り上げようとする。
が、
「いいや、思ってないよ。本当に気に食わないが、全部計算通りだねぇ」
『その通り。充分に弱ってくれたからね、最後の仕上げさ』
彼の足元、四か所から暴徒拘束用の鎖が飛び出し、巨体を縛り上げた。
「なにっ!? ぐ、うおおぉぉぉぉぉっ!!」
鎖から高圧電流が走り、さらにマルーガを攻め立てていく。
その瞬間、主の危機を悟った『天の御遣い』の大群がいっせいにエゾアールへと殺到した。
主を救い、外敵を排除するために。
「ぐがぁっ、ま、待て、てめぇらっ! 勝負に横やり入れるんじゃ――」
マルーガの静止も聞かず、エゾアールの体はまたたく間に白い異形にうずもれる。
が、次の瞬間。
ズバババババババババッ!!
神速の連続斬撃が、白の異形の群れを金色の血しぶきへと変えた。
「腐っても四区長。こいつら程度じゃ、この私は殺れないねぇ」
「……へっ。やっぱし、てめぇとはサシで、真っ向から戦り合いたかったぜ……」
「わたしゃゴメンだね。戦いもアンタも嫌いだよ」
ドサっ。
白の巨体がとうとう力尽き、地に横たわる。
絶命こそしていないが、意識はもちろん戦う力もひとかけらも残っていないだろう。
「ふぃぃ~、何度死ぬかと思ったことか……」
『お疲れさん。今から使いをそっちに出して、捕縛したそいつを運んでもらうから』
「……苦労して生け捕りにしたんだ。何をする気か教えてくれんかね?」
『簡単さ。世界の謎を解明するんだよ。そのための研究サンプルさ。ボクの目的、知ってるだろ?』




