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05 搾取される人々




「さぁてみなさん、今日も生まれてきたことを後悔していますかなっ!?」


 広場に集められた民衆の前で、鼻の高い魔族の男が大きく手を広げ、弁舌を展開する。

 うつむき、青ざめ、やせこけた人間たちを見回しながら。


「あなたたちは、我々魔族の食糧源! 日々をただ生きるだけの人生に絶望し、生を受けた後悔を繰り返しながら死ぬまで生きるのです! ……理解していますね?」


「「「……」」」


 民衆からの返事はない。

 返事をかえす気力もない。

 返事をしたところで、そもそもメリットなど存在しないことを彼らは知っていた。


「……よろしい、良質な絶望が取れそうです。……おやぁ?」


 薄汚れたボロ切れを身に着けている民衆たちを満足げに見渡す中、魔族――モンデスの視線が一点に止まる。

 彼の興味を引いたのは、生気のない一人の女性。

 正確にはその胸元、薄汚いボロ布にくるまれた赤ん坊の姿だった。


「おや、おやおやおやぁ?」


 彼はニコリと、上機嫌で女性の前にむかう。

 女性がビクりと肩を震わせ、となりに立っていた彼女の夫であろう男性も顔を引きつらせた。


「赤ん坊ですか、そうですか。いつ生まれたのですかぁ?」


「あ……、あぅ……、あの……っ、す、すこし、まえ……です……っ」


「なるほどそうですねぇ、あなたたちに日付けをたずねるなど無意味でした。字も読めない、数字も数えられないあなたたちになどっ! あははははっ!!」


 彼女の無知を、モンデスはひたすらに嘲笑する。

 このエリアの文化レベルを最低限に落とし、ただ生きることと会話の能力しか得られないように仕向けたのは彼らだった。


「しかし、しかし哀れなものですねぇ。このような世界に生まれ落ちてしまった赤子が不憫でなりません。あなたたちが一時の快楽に溺れた結果、この子はこの世界に生れ落ち、五十年以上の絶望の日々を歩むことになる。もっとも、あなたたちの娯楽など、その程度しかないのでしょうが……ね」


 くくくっ、と肩をふるわせ、赤子のほほをそっとなでるモンデス。

 赤子はキラキラした瞳で彼の指をにぎり、ケラケラと笑う。


「希望に満ちた目――しかし成長するにつれて理解するでしょう。生まれてきたことを後悔し、じき我らに良質な絶望を提供するようになる。いいですよ、あなたたち! 最高の家畜です!」


 上機嫌で広場の中央にもどると、彼はもう一度大きく手を広げた。


「食料の配給も、病の治療も、あなたたちの生は全て我々が保証します! なんの希望もない、虚無なる日々を死ぬまでご堪能くださいませっ!」


 モンデスの言葉の意味のほとんどを、彼らは理解できなかった。

 ただ、自分たちが見えない鎖でがんじがらめに縛られて、魔族に管理されたまま死ぬまで生きるしかないことだけを諦めと絶望の中で理解していた。


「モンデス様、いつものコイツをお連れしました」


「……んん?」


 演説の区切りを見計らって、彼の部下が進み出る。

 薄汚れた灰色の髪の少女の、首根っこをつかんで引きずりながら。


「……あぁ、キミですか」


 先ほどまでのモンデスの目は、愛しい家畜をながめる優しげなものだった。

 しかし、その少女を見た瞬間、彼の瞳がこの上なく冷たいものへと変わる。


「本当、イレギュラーとしか言いようがありませんねぇ」


「……っ!」


 ため息まじりなモンデスの顔を、少女はキッとにらみつけた。

 その瞳に宿っているのは反抗、抵抗、非服従。

 どれもこのエリアの住民が持たないものばかり。


「あなた、ダメですよ? ちゃんと絶望を生み出さないと、生きてる意味がないじゃないですか。あなた、どうして生まれてきたんですか」


「……知らない! 知ってても、お前に教えない!」


「……はぁぁぁ。ダメですね、もう潮時でしょう。他の住民に悪影響が出る前に始末するか、もしくは――」


 じろり、と民衆を見回して、モンデスは口元をゆがめた。


「少々もったいないですが、無関係な誰かを殺せばあなたも絶望しますかね」


 ただのおどし、実行するつもりはない。

 絶望を生み出す良質な奴隷を、少女を絶望に落とすために殺したとしても、損害は一人目で成功して差し引きゼロ。

 メリットなど存在しない。

 だが、民衆たちにそんな思惑が伝わるはずもなく。


「ひ、ひぃ……っ!」


「イヤだ、どうして私たちが……!」


「こ、殺せ! 殺すんだ! そいつを殺せば、きっと許してくださる!」


 一人の男の叫びで、彼らのタガが一気に外れる。

 直後、数人がなだれをうって少女に襲いかかり、殴り、蹴りはじめた。

 その光景をモンデスは、天を仰いで大笑いしながら見守る。


「あははははっ、これです、これが見たかった! 醜い、最高に醜いですよあなたたちっ!」


 魔族の笑い声と民衆の怒号。

 少女が死ぬまで続くと思われたリンチは、


 タァン!


「ぎえ!!」


 銃声と、モンデスの部下のつぶれたカエルのような声で終わりを迎えた。

 民衆がいっせいに動きを止め、脳天を撃ち抜かれて崩れ落ちる魔族に視線がそそがれる。

 そしてモンデスがにらみつける先には。


「ごきげんよう、魔族さん」


「……何者です」


 魔銃の銃口から煙を立ち上らせた、明らかに身なりのいい修道女風の女。

 彼女は無慈悲にも数発の弾丸を追撃で放ち、部下の魔族は悲鳴すら上げないまま全身を穴だらけにされた。


「見たところ、このエリアの住民ではありませんね。上層から来たのでしょうが、魔族に手を出すなど死罪ですよ?」


「少々、お偉いさんに用事がありまして。あなた、このあたりを取り仕切ってる魔族さんでしょうか」


「肯定しておきましょう。私はこのエリアを統括する八区長・ジャージィ様の右腕、モンデスと申します」


「なぁんだ、下っ端。外れくじを引きました」


「……下っ端ぁ? 今、下っ端と……、この私を下っ端と……?」


「何も間違えてないと思うのですが」


 女性の――リフレの態度にモンデスのプライドは大きく傷つけられた。

 ピクピクとまぶたを痙攣させ、怒りの形相で右腕をかざし、魔力を結集させる。


「女ァ! 百回死んでも許しませんッ! 生まれたことを後悔し、絶望をまき散らして死になさ――」


 ゴシャッ!


「ぶ……っ!?」


 メキメキメキィ……ッ!


 モンデスの顔面に、深くめりこむ拳。

 何が起きたのかわからないまま、彼は鼻血をまき散らして吹き飛ばされた。


「さぁ、魔族さん。生まれてきたことを後悔しながら死んでいく準備、できました?」




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