48 思惑通り
第二区へと続く空中回廊を進む魔族の軍勢。
その先頭、第二区を見据えるジョー・ガウンの両目が鋭く細まった。
彼は静かに立ち止まり、続く部下たちを右手で制す。
「ジョー殿、いかがした……?」
「出迎えだ」
となりを進んでいたグフタークも足を止め、ジョー・ガウンの視線をたどると、彼らの前方数百メートル先、幅広い通路の真ん中に老婆が一人たたずんでいた。
「……っ! ヤツは師匠と呼ばれていた――いや、今はサムダか……」
『師匠』の実力はリフレと同等か、それ以上とされている。
サムダの戦闘力もそれに匹敵する恐れがあるが、魔王の命を受けた以上退くわけにはいかない。
ニローダ以外の戦力を引きつけるという目的上、サムダの出現はむしろ好都合とすら言えた。
だが……。
「一人、のようだな」
「えぇ。『天の御遣い』が大量にいるはずにも関わらず……」
手駒すら連れずに単独で現れたサムダの真意を図りかね、二人は出方をうかがうことしか出来なかった。
「よぉーやくお出ましかい。ずいぶんと待たせたもんだねぇ」
後ろ手を腰に組んだサムダが、ゆっくりと二人に近寄ってくる。
ジョー・ガウンとグフタークは部下たちを待機させ、すかさず臨戦態勢をとった。
「待てども待てども来ないモンだから、こんなとこまで出迎えに来ちまったよ」
「そいつはすまないな。こちらとしても、準備があったのだ」
「ほう、準備。奇遇だね、こちらも同じさ。歓迎パーティーの準備は万端だ」
パチン。
サムダが指を鳴らすと、空中回廊の下側から『天の御遣い』の大群が飛び出した。
魔族兵たちの左右を浮遊し、取り囲む白い大群。
魔族たちがそちらに気を取られた瞬間、上空、雲の切れ間から大量の魔力光弾が降り注ぐ。
「ぐぁっ!」
「ぎえっ!!」
不運にも直撃を食らった一部の魔族が倒れる中、上から急降下攻撃を仕掛ける『天の御遣い』たち。
左右の敵も攻撃を開始し、戦場は一気に乱戦状態へと突入する。
ジョー・ガウンとグフタークの二人は、サムダの動きを警戒して身動きをとれない。
しかし、口を動かし士気を盛り上げることはできる。
「ひるむな、我が強兵らよ! 日々鍛え抜いた筋肉は、いかなる時も裏切りはしない!」
「そ、そうだ……! 筋肉は裏切らない……!」
「筋肉、筋肉だ……! うおおおおぁぁぁぁッ!!」
大将の激励によって一部の兵が盛り返し、『天の御遣い』を圧し始めた。
しかし奇襲から拮抗状態に持ち込まれたにも関わらず、サムダの余裕は崩れない。
「ククク……、ご苦労なことだねぇ。この場で戦うこと自体が、無駄だというのに」
「……なに?」
老婆の顔がニヤリと笑みを浮かべた直後、さらなる大群が回廊の下から出現。
増援かと身構える二人だったが、新手の敵はグフタークたちに目もくれず、第三区と第四区へ大挙して飛んで行く。
特に四区へむかう群れの先頭を飛ぶ筋骨隆々の個体。
同じく三区へと行く群れを率いる長身の異形は、異質な存在感を放っていた。
「あっはっはっはっ、驚いたかい? そうさ、アタシらの役目は陽動さ!! そして今飛んでった戦力も、魔王の下へ救援を出させないためのもの。本命は――」
ラムダの背後、二区の中心から発行体が飛翔する。
あまりの速度に一瞬の閃光としか見えないそれは、まばたきの間に魔王のいる一区へと降り立った。
「今のが見えたかい? ニローダさ。魔王さえ殺せば魔族は全滅。ならば魔王に最高戦力をぶつけ、殺してやるのが一番手っ取り早いだろう? クククっ……」
勝利を確信し、会心の笑みを浮かべるサムダ。
すべて思惑通りに事が運んだのだ、目の前の魔族たちが絶望に打ちひしがれると思ったのだろう。
だが。
「……ふっ。ふふふはははははっ!!」
高らかに笑い声を上げたグフタークに、サムダはいぶかしげな表情をむける。
「どうした。ショックのあまり狂っちまったかい?」
「いいや、とんでもない。計らずもこちらの思惑通りに動いてくれたのでな。にも関わらず勝ち誇る貴様が滑稽で、失笑をこらえきれなかった」
「なにぃ……?」
「奇しくも我々の目的は同じ、最高戦力同士の一騎打ちだったということさ」
「……はっ。だとしたら誤算だねぇ。あんたたち全員、すぐに消えることになるよ。今のニローダにとっちゃ、魔王なんざ赤子の手をひねるより容易い相手さ。一分と持たないだろうねぇ」
「どちらが計算違いをしているか、貴様はすぐに思い知る」
グフタークとジョー・ガウンはうなずき合い、互いに臨戦態勢をとる。
魔王の勝利を、両名ともにみじんも疑っていない。
ゆえに勝負が決するまで、ここからサムダを一歩も通さなければ、この戦いに勝利できる。
「さぁ、始めようか」
「二対一ではあるが、悪く思うなよ」
「はっ、大した自信だねぇ。いいさ、魔王が死ぬより先に、まとめて殺してやるよ」
〇〇〇
第一区中央広場。
出陣をひかえていた魔王の目前に、それは突如として舞い降りた。
神々しい光をまとい、二対の白い翼をはばたかせて。
「……あらら、そっちからお出ましか。あせらなくても、すぐ会いに行ったのに」
「…………」
相対する彼女の容姿に、リフレのころから大きな変化は見られない。
ただひとつ、鳥のような純白の翼を背負い、その表情から感情を読み取ることはできなかった。
「アンタがニローダ、でいいんだよね?」
「……如何にも」
「リフレの体、勝手に使ってくれちゃってさ。それ、あたしのなんだ。さっさと返せ」
「理解不能。敵性イレギュラーの処分を開始する」
ニローダが人差し指をライハへとむけた。
その先端に膨大な魔力が集中、圧縮されていく。
そして、光速に匹敵する速度と恐るべき貫通力を持った光線が発射され――
「紫電一閃」
ザンっ。
「……!」
――る直前。
ニローダの手首から先が宙に飛ぶ。
その背後、すでに剣を振りぬいていたライハ。
彼女のすれ違いざまの一撃に、不意を突かれたとはいえ、ニローダはまったく反応できなかった。
「あたしね、近ごろすっごく体が軽いんだ。島中まるごと覆うほどの結界を、ずーっと張ってなくてもよくなったからさ」
「……敵イレギュラー、戦力上方修正」
「80年ぶりの全力、出させてもらうから」




