表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/97

47 出陣




 日がもっとも高く昇る正午。

 雲上第一区、ジョー・ガウンの屋敷前に魔族の軍勢が集結していた。


 標的は第二区を占拠したニローダたち。

 命の保証はおろか、勝てるかどうかすら定かでない戦いにおもむく魔族たちの表情は、さぞ暗いかと思いきや、


「鍛えた肉体……。すべてはこの刻のため……」


「一世一代の晴れ舞台……。我が筋肉とともに……」


 一区の兵に関しては、いたって高い士気を保っている様子だった。


「ジョー殿。こちらの準備、万事ととのった」


 魔族たちの陣頭、腕を組んで部下を見守るジョー・ガウンに歩み寄るグフターク。

 彼女は自らの部下を取りまとめ、自らも戦闘の準備を万端にととのえたところ。


「うむ……。こちらもいつでも出られるぞ」


 全身を金属鎧に固めたジョー・ガウンがうなずく。

 重装備であるにもかかわらず、彼の武器は腰にも背中にも見当たらない、丸腰の状態だった。


「兵たちの戦意は旺盛。我が肉体は言わずもがなだ」


「頼もしい限り。ともに戦えること、光栄に思う。しかし貴殿の兵の士気、こちらも見習いたいな」


 一区兵たちの軍団と対照的に、襲撃を生き残ったグフタークの部下たちの士気は極めて低い。

 いかにもこの世の終わりが訪れたかのような、ため息まで漏れ聞こえてくるほどの暗い雰囲気。

 大した戦果は期待できないだろう。


「彼らが普通なのだ。私の兵たちは、鍛え方から食っている絶望までなにもかもが違う」


「『肉体が衰える絶望』、だったか。一区で生産している絶望は」


 磨き上げた全盛期の肉体が衰えていく絶望を好む魔族たちのため、一区の人間には鍛練が推奨され、トレーニングジムが数多く設置されている。

 格闘技をはじめとしたスポーツや闘技、果てはボディビルの大会まで開かれているほどだ。


「いくら鍛え上げようと、人間である以上その肉体はいつしか衰え、老いていく。しかし我ら魔族の肉体に老いは無縁。鍛えれば鍛えるほど、我が身となり、崩れぬ自信となるのだ」


「勇将の下に弱卒なし、か」


「ふっ。貴公には当てはまらぬようだがな」


 グフタークの実力に一目置いていると、暗に示すジョー・ガウン。

 言葉ではなく不敵な笑みで返すグフタークだが、


「やっほー。準備ととのった?」


「はっ、魔王様……ッ!?」


 その締まった表情は、ライハの登場と同時に瞬時に崩壊した。


「出陣前に魔王様のご尊顔を拝むことができようとは、このグフターク無上の喜ふ゛っ」


「うんうん。準備万端みたいだね」


 迫るグフタークに対し、顔面を裏拳で殴り飛ばすという最大のサービスで出迎えるライハ。

 鼻血をながして喜びに悶えるグフタークには目もくれず、ジョー・ガウンがひざをつく。


「魔王様(おん)自ら足を運ばれるとは、恐悦至極」


「ん、まぁあたしのワガママで死地にむかわせるんだからさ。見送りくらいさせてよ」


「むかわせるなどと。こたびのいくさ、元より我が望み。ただ鍛え上げた肉体の限界、その求道ぐどうを極めるためだけのこと」


「その通りです、魔王様……っ!」


 鼻血をまき散らしながら割り込んできたグフタークに、ライハは少々のけぞった。


「我が身我が命、そのすべてが魔王様の理想実現がための駒! いかようにもお使いし、また使い捨ててくださいませ! それこそが我が無上の喜び……!」


「二人とも……」


 頼もしさ、申し訳なさ、そして少しだけの誇らしさ。

 それがここまで部下を信じず、魔族を見下し、一人ですべてを解決しようとしてきたライハが、二人の見せた誠意に抱いた感情だった。


「……間違いなく厳しい戦いになる。それでもニローダ本人が出てこない限り、あたしも他の区長たちも助けに入ることはない。それで本当にいいんだね?」


「無論」


「孤立無援、すなわち放置プレイ……! 望むところです魔王様……ッ!」


「……ありがと」


 ここまでの覚悟を見せてくれた以上、それを鈍らせる言葉は必要ない。

 小さくつぶやいたあと、魔王は表情を引き締め、二人の部下に命じる。


「あたしがニローダを倒すまで、敵の戦力をひきつけ、死力の限り持てる力のすべてを振るえ。逃亡者は死罪とする。いいな」


「「はっ!」」


「……と、これが魔王としての命令。でもできることなら、二人とも。生きて戻ってね」


 しかし一転して、穏やかな笑みを浮かべた彼女はそう口にした。

 魔王として死を命じ、しかし勇者ライハとして。

 命令ではなく、頼みを彼女は口にした。


「魔王様……。もったいなきお言葉……」


「ま、魔王様がこのグフタークに、お優しいお言葉を……? こ、これは実質的に求婚なのでは……!」


「調子に乗んな」


 ぼふっ。


 普段の殺す勢いの腹パンではなく、軽く叩く程度の拳。

 ほんの少しの衝撃に戸惑うグフタークに、ライハは最後に告げた。


「……今のは前払い。無事に帰ったら、おんなじところを貫通する勢いで殴ってやるから」


「魔王様……ッ! では、死ぬわけにはまいりませんね……! では、行ってまいります……!!」


 敬愛する魔王の激励にやる気を漲らせ、自らの兵の下へとむかうグフターク。

 ジョー・ガウンも部下たちを取りまとめ、そして攻撃部隊は第二区を目指して出陣。


 戦いの幕が、いよいよ切って落とされようとしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ