47 出陣
日がもっとも高く昇る正午。
雲上第一区、ジョー・ガウンの屋敷前に魔族の軍勢が集結していた。
標的は第二区を占拠したニローダたち。
命の保証はおろか、勝てるかどうかすら定かでない戦いにおもむく魔族たちの表情は、さぞ暗いかと思いきや、
「鍛えた肉体……。すべてはこの刻のため……」
「一世一代の晴れ舞台……。我が筋肉とともに……」
一区の兵に関しては、いたって高い士気を保っている様子だった。
「ジョー殿。こちらの準備、万事ととのった」
魔族たちの陣頭、腕を組んで部下を見守るジョー・ガウンに歩み寄るグフターク。
彼女は自らの部下を取りまとめ、自らも戦闘の準備を万端にととのえたところ。
「うむ……。こちらもいつでも出られるぞ」
全身を金属鎧に固めたジョー・ガウンがうなずく。
重装備であるにもかかわらず、彼の武器は腰にも背中にも見当たらない、丸腰の状態だった。
「兵たちの戦意は旺盛。我が肉体は言わずもがなだ」
「頼もしい限り。ともに戦えること、光栄に思う。しかし貴殿の兵の士気、こちらも見習いたいな」
一区兵たちの軍団と対照的に、襲撃を生き残ったグフタークの部下たちの士気は極めて低い。
いかにもこの世の終わりが訪れたかのような、ため息まで漏れ聞こえてくるほどの暗い雰囲気。
大した戦果は期待できないだろう。
「彼らが普通なのだ。私の兵たちは、鍛え方から食っている絶望までなにもかもが違う」
「『肉体が衰える絶望』、だったか。一区で生産している絶望は」
磨き上げた全盛期の肉体が衰えていく絶望を好む魔族たちのため、一区の人間には鍛練が推奨され、トレーニングジムが数多く設置されている。
格闘技をはじめとしたスポーツや闘技、果てはボディビルの大会まで開かれているほどだ。
「いくら鍛え上げようと、人間である以上その肉体はいつしか衰え、老いていく。しかし我ら魔族の肉体に老いは無縁。鍛えれば鍛えるほど、我が身となり、崩れぬ自信となるのだ」
「勇将の下に弱卒なし、か」
「ふっ。貴公には当てはまらぬようだがな」
グフタークの実力に一目置いていると、暗に示すジョー・ガウン。
言葉ではなく不敵な笑みで返すグフタークだが、
「やっほー。準備ととのった?」
「はっ、魔王様……ッ!?」
その締まった表情は、ライハの登場と同時に瞬時に崩壊した。
「出陣前に魔王様のご尊顔を拝むことができようとは、このグフターク無上の喜ふ゛っ」
「うんうん。準備万端みたいだね」
迫るグフタークに対し、顔面を裏拳で殴り飛ばすという最大のサービスで出迎えるライハ。
鼻血をながして喜びに悶えるグフタークには目もくれず、ジョー・ガウンがひざをつく。
「魔王様御自ら足を運ばれるとは、恐悦至極」
「ん、まぁあたしのワガママで死地にむかわせるんだからさ。見送りくらいさせてよ」
「むかわせるなどと。こたびの戦、元より我が望み。ただ鍛え上げた肉体の限界、その求道を極めるためだけのこと」
「その通りです、魔王様……っ!」
鼻血をまき散らしながら割り込んできたグフタークに、ライハは少々のけぞった。
「我が身我が命、そのすべてが魔王様の理想実現がための駒! いかようにもお使いし、また使い捨ててくださいませ! それこそが我が無上の喜び……!」
「二人とも……」
頼もしさ、申し訳なさ、そして少しだけの誇らしさ。
それがここまで部下を信じず、魔族を見下し、一人ですべてを解決しようとしてきたライハが、二人の見せた誠意に抱いた感情だった。
「……間違いなく厳しい戦いになる。それでもニローダ本人が出てこない限り、あたしも他の区長たちも助けに入ることはない。それで本当にいいんだね?」
「無論」
「孤立無援、すなわち放置プレイ……! 望むところです魔王様……ッ!」
「……ありがと」
ここまでの覚悟を見せてくれた以上、それを鈍らせる言葉は必要ない。
小さくつぶやいたあと、魔王は表情を引き締め、二人の部下に命じる。
「あたしがニローダを倒すまで、敵の戦力をひきつけ、死力の限り持てる力のすべてを振るえ。逃亡者は死罪とする。いいな」
「「はっ!」」
「……と、これが魔王としての命令。でもできることなら、二人とも。生きて戻ってね」
しかし一転して、穏やかな笑みを浮かべた彼女はそう口にした。
魔王として死を命じ、しかし勇者ライハとして。
命令ではなく、頼みを彼女は口にした。
「魔王様……。もったいなきお言葉……」
「ま、魔王様がこのグフタークに、お優しいお言葉を……? こ、これは実質的に求婚なのでは……!」
「調子に乗んな」
ぼふっ。
普段の殺す勢いの腹パンではなく、軽く叩く程度の拳。
ほんの少しの衝撃に戸惑うグフタークに、ライハは最後に告げた。
「……今のは前払い。無事に帰ったら、おんなじところを貫通する勢いで殴ってやるから」
「魔王様……ッ! では、死ぬわけにはまいりませんね……! では、行ってまいります……!!」
敬愛する魔王の激励にやる気を漲らせ、自らの兵の下へとむかうグフターク。
ジョー・ガウンも部下たちを取りまとめ、そして攻撃部隊は第二区を目指して出陣。
戦いの幕が、いよいよ切って落とされようとしていた。
 




