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45 つかの間の安らぎ




「……ヒトが食ってるとこ見るの、面白い?」


「とっても」


 となりにピッタリと寄り添って頬杖をついて、ニルの食事を至近距離からじっと見守るアイリ。

 ニルは居心地悪そうにスープを胃に流し込んで、ひとまず食器を置く。


「どうしたの? まだ残ってる」


「……アンタは食わないのかな、って」


 魔族の食事といえば絶望だが、ニルにはロークの屋敷でひとつ学んだことがある。

 人からただ発せられる絶望を取り込むだけではなく、貯蔵した絶望を加工して調理する技術が存在するということを。


 よって食卓にアイリの食事が並んでいてもいいものだが、テーブルの上にはニルのために用意された人間用の食事だけ。


「アイリ満腹。しばらく食べなくて平気。お昼にとっても濃厚な絶望をいただいたから」


「一週間は食べなくていいって、アレ冗談じゃなかったんだ……」


「とびっきりの絶望だった。ごちそうさま」


「……また食べたいとか思ってない?」


「思ってる。アイリの正直な気持ち」


 まさかと思って聞いてみたところ、しれっと言ってのけたアイリにニルは言葉を失う。

 それはつまり、ニルに再び大切な人を失ってほしいということ。

 やはり人の心を持たない魔族か、と失望にも似た思いがよぎるが、


「でも、ニルに悲しまれるのはイヤ。これもアイリの正直な気持ち」


「……!」


 続けて飛び出した言葉に、ニルは再び言葉を失った。


 アイリによれば、魔族は人間とは異なり自分の欲望に正直に生きる。

 つまり建前などは口にも出さない。

 口に出した言葉は、心からの気持ちだということになる。


「……はぁ。変わってるよ、アンタ」


「そう? アイリ、自分を平均的な魔族と定義してるつもり」


「変わってる。アンタみたいな魔族、会ったことないし」


 本気で自分に好意を寄せてくるアイリに対し、果たしてどう接すればいいのか。

 いまだ答えは出なかったが、不思議とイヤな気持ちはしなかった。



 〇〇〇



「魔王様、お待たせいたしました。ご所望しょもうの作戦を立案してまいりましたよ、と」


 デスクに座るライハに、ロークが作戦資料を差し出す。

 受け取って紙面に目を通すと、魔王は満足そうにうなずいた。

 なお、ライハの足元にはグフタークが四つん這いの姿勢となり、彼女の足置きとなって荒い息を吐いている。


「うん、ばっちりだね。さすがはローク」


「しかし魔王様、本当にこの作戦でいいんですか?」


「いいんだよ。あたしの最大目標はニローダの討伐じゃない。リフレの奪還なんだから」


「魔族らしく、正直に。いいことですね」


 ニヤリと笑ってうなずくと、ライハは紙束をデスクの上に置く。


「憑魔だけどさ、たまにはらしくいかないと。108年も人間らしく、我慢に我慢を重ねてきたんだから」


 封印した想い人(リフレ)を手元に置き、見ることも触れることもできずに過ごしてきた108年。

 世界のために人間として、勇者として耐えてきた日々ももう終わる。

 守るべき世界自体が、もう壊れてしまったのだから。


 生き残ったわずかな人間の数では、現在いる魔族全員の食糧(ぜつぼう)生産は不可能だろう。

 魔族が減れば、魔族に頼って暮らしてきた雲上の人間たちのライフラインも崩壊する。

 それ以前に、ニローダをなんとかしなければ明日にでも滅ぶのだが。


「もう我慢しない。滅びゆく世界で、あたしはリフレと死ぬまで生きるよ」


「あぁ……っ、ご立派です魔王様っ!! あなた様々の大願のためならば、このグフタークを手足のように使ってあ゛う゛っ!!」


 頭を踏みつけられて黙らされるグフターク。

 その表情は歓喜に満ちていた。


「こっちとしちゃ、アンタの真意の方が気になるよ。あたしのこともリフレのことも知ったこっちゃないだろうに、こんな作戦の立案を引き受けるなんてさ」


 魔族らしさを全開にして生きる、ロークはその最たる例と言ってもいい。

 魔王が死ねば消滅する運命の身としては、このような作戦の立案に積極的になるとはとても思えない。


 このような、味方に多大な犠牲を強いる上に、魔王(ライハ)敵の最高戦力(ニローダ)との一騎討ちをさせることのみを目的とした作戦など。


「……まさか、なにか裏があるとか?」


「はははっ、まさか。ただね、僕としてもこの作戦が一番勝利の可能性が高いかな、と。そう思ったまでですよ」


「……そうだね。わかった、今さら疑うのはナシだ。頼りにしてるよ、ローク」


「ははっ。お任せください」


 含みを持たせつつ、信頼の言葉を寄せる魔王に対し、ロークは深々と一礼をした。


「ま、魔王様っ。このグフタークのことは頼りにしてぐは゛っ!!」



 〇〇〇



「……ねぇ、ここ客間だよね」


「そう説明したはず」


「なんで、アンタが一緒に寝てるの?」


 月と星の明かりだけが照らすベッドの中。

 アイリはぬいぐるみを抱きかかえたまま、ニルの至近距離でらんらんと目を輝かせ、その顔をじっとながめていた。


「一緒に寝たかったから」


「だろうね。アンタはそういうヤツだ。だんだんわかってきた」


 やりたいからやる、それがアイリの行動原理。

 この一日の付き合いで、質問するだけ無意味と悟ったニルは寝返りをうち、アイリに背をむけた。


「顔が見えない。そっち行く」


「……」


 広いベッドには充分な空きスペースがある。

 すぐさま反対側に移動し、またもやニルの前に横たわるアイリ。


 もう一度寝返りをうつと、再び移動して元の位置に。

 これ以上続けてもいたちごっこになるだけと悟ったニルは、無意味な抵抗をあきらめた。


(あおむけになったりしたら、のしかかられかねないし)


 どこまでも自分の欲求に正直な魔族の少女。

 自分を心から慕っていると理解できるからこそ、なぜか邪険に扱えない。


「ふふん。ニルの寝顔、どんなか楽しみ」


「……はぁ」


 深くため息をつくと、観念したように瞳を閉じる。

 そうして少女は、ゆっくりと夢の中に落ちていった。


(そういえば、誰かと一緒の寝床で寝るなんて初めてだな。なんだろ、不思議と落ち着く……)




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