04 懐かしい夢
「このぉっ!!」
怒りにまかせたライハの剣が、電撃をまとって魔族を両断します。
彼女をかばったわたくしが体を刺しつらぬかれたことに、怒ってくれたのでしょうか。
「リフレ、リフレしっかりして!」
両断した敵には見向きもせず、倒れたわたくしを抱き起こして必死に呼びかけてくれるライハ。
わたくしを心配してくださっていることが痛いほど伝わってきて、大変言い出し辛いのですが……。
「……あの、わたくしオートヒールというものを持っておりまして」
「へ……?」
刺された傷はもうすっかりふさがって、穴のあいた法衣も自動修復。
こびりついた血液だってかさぶたみたいに固まって落ちていきます。
ライハがあっけに取られている間に、ほら、すっかり元どおり。
……その日の夜、わたくしたちは二人で初めての野宿をしました。
「それでね、助けたおばあさんが軟膏をくれて。そのあと今度は転んでひざをすりむいた子どもを見つけてさ。さっそく役に立ったわけよ」
「ふふっ、人助けが趣味なんですか?」
「趣味ってか生きがい? 魔王討伐の旅も、言うなれば人助けなわけだ!」
たき火を囲んで語らう時間、他愛もない雑談で過ごす時は、とても居心地よくおだやかに流れていきます。
ですが、どうしても先の戦いが心に引っかかってしまって、
「あの、さきほどはごめんなさい。いらぬ心配をかけてしまって……」
つい、謝罪が口をついて出てしまいました。
「いいよいいよ、リフレが無事だった方が何倍も重要!」
出会ってまだ数日だというのに、そのようなことを笑顔で言えてしまう。
この方の心根はまさしく勇者なのですね。
「アレすごいね、オートヒールだったっけ」
「生物、無生物問わず、わたくしの魔力を流しておいたものを自動的に修復する。そういう魔法です。即死さえしなければどんな攻撃からも生還可能です」
「おおぉぉ、アメイジング……!」
「強力な力だと、我ながら思います。ただし代償として、通常の回復魔法が使えないようなのです……」
オートヒールと、それからなけなしの補助魔法。
聖なる力をあやつる者の中でも最上位の称号である聖女を冠する者として、少し頼りないですね。
だからこそ、オートヒールを応用した肉弾戦法を師匠に叩き込まれたのですが……。
「いやいや、じゅうぶんじゅうぶん。あたしのことも自動回復させられるってことだよね。あたしら二人もう無敵じゃん、ダメージなんてなんのその!」
「……痛みはありますよ?」
「えっ? そうなの?」
「あまりの苦痛に意識を失うこともあります。長年の訓練をつんだわたくしでなければ、痛みには耐えられないでしょう。ですから――」
ですから、ダメージを受ける前提で戦わないでください。
そう続けようとしたのですが――、
「だったら、さっきのちっとも大丈夫じゃない!」
「……はい?」
予想だにしない反応に、思わず面食らってしまいます。
「お腹貫通してたよね、アレきっとすっごく痛かったんでしょ?」
「……まぁ、常人なら耐えきれない程度には。ですが慣れていますので、心配無用ですよ」
「ダメ、痛いのに慣れちゃダメだよ! もう二度とムチャしないで!」
しぼり出すように懇願するライハ。
わたくしが痛い思いをすることが嫌、ということでしょうか。
……あぁ、どこまでも善性の人なのですね。
でも。
「ムチャはしますよ。わたくしにだって、戦う理由があるんです」
「リフレ!」
「……ですが、不必要なダメージを引き受ける無謀はもうしません。そんな悲しい顔、あなたにさせたくないですから」
〇〇〇
黒いモヤが天井のように空をふさぎ、昼間でも薄暗い最下層。
粗末な木材で作られた、ほったて小屋のような住居が並ぶ土がむき出しの道。
その一角、魔王城のちょうど真下に位置する場所に、血まみれの女性が倒れていた。
手足の骨が折れ曲がり、彼女の体を中心に血が飛び散っている無残な姿。
モヤを突き破って落下してきた現場と合わせれば、誰が見ても即死と判断するだろう。
「……う、うぅ」
が、彼女は生きていた。
手足の骨が急速に再生し、傷がふさがり、血がかさぶたとなって落ちていき、すっかり無傷な姿となって起き上がる。
「……意識を、失っていましたか。ずいぶんと昔の夢を、見たようです」
ライハと旅を始めたころの記憶。
まだ戦いが激化する前の、生まれてきてからこれまでで一番幸せだったころの思い出。
なぜ今になって、と自問するも、答えは明白。
彼女の声を聞いてしまったから、顔を見てしまったから。
リフレは上空を――黒いモヤが閉ざす、魔王城があるはずの場所を見上げた。
「見間違えるはずがありません。あれはたしかにライハでした……」
他人の空似というレベルではなかった。
顔はもちろん声色から、しゃべりの細かいクセまで全てが記憶の中の彼女と一致している。
「だとしたら、どうして……」
あの魔族の言ったとおり、ここが108年後の時代ならライハが生きているはずがない。
助かりたいがため、あの魔族が口から出まかせを並べたのか。
それとも、彼女もまた自分と同じように封印されていたのだろうか。
「考えても、答えは出ませんね。ともかく魔王城にライハがいる、それだけは確かです。もう一度、あそこに行く方法を見つけなければ……」
まずは人が住んでいる様子のこの街で、情報を集めることからか。
方針を決め、行動を開始しようとしたその時。
「おらっ! とっとと立てや!! モンデス様の集会の時間だ!!」
道の先、今にも倒壊しそうな小屋の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
続いて小屋から姿を現した魔族が、小さな女の子の首根っこをつかみ、引きずりながら大股で歩いていった。
「……人助け。ライハの趣味でしたね。これはライハに言いませんでしたが――」
その光景に心の内で生じた衝動は、少女への哀れみか、魔族への殺意か。
どちらにせよやることは一つだけ。
まずはモンデス様とか言う親玉の下へ案内してもらおう。
リフレは気配を消し、魔族のあとを音もなくつけていく。
「害虫駆除。わたくしの趣味です」