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39 聖女の正体




「う……っ」


 まばゆい光がまぶたの裏を照らし、リフレの意識が暗闇から引き戻される。

 体中に感じるあたたかな光の中、まるで陽だまりにいるかのような感覚に目を開けると、


「ひかり」


「……っ!?」


「あかるい」


 目前で顔を覗き込んで、ぶつぶつと呟いている純白の怪物と視線がかち合った。

 とっさに体を動かそうとするも、手足につながれている鎖がカチャカチャと音を出すだけに終わる。


「こ、ここは……っ」


 周囲に視線を巡らせると、広がるのは第二区の街並み。

 リフレの体は広場の中心に建てられた張り付け台に拘束されている。

 力で引きちぎれないところを見るに、この鎖は何らかのマジックアイテムなのだろう。


 リフレのまわりには、まるで神聖なものを眺めるかのように彼女を取り囲む『天の御遣い』たち。

 そして、


「ようやく目を覚ましたかい? お姫様」


「……っ!」


 師匠の姿をした何者かの姿があった。


 現状の何もかもがわからないが、この老婆が敵であることだけは明確。

 親しげに近寄ってくる敵に、彼女はむき出しの殺意で答える。


「そうにらみなさるな。大好きな師匠だろう?」


「黙りなさい偽物……! ニルは……、ライハはどうしたのです……!」


「さぁ、知らないねぇ。逃げていって、それっきりさ」


「……」


 敵の言葉を鵜呑みにはできないが、確かめるすべがないのもまた事実。

 ここは別の疑問をぶつけることにする。


「……あなたは、いったい誰ですか。この魔物たちはいったい……」


「その疑問になら答えてやれるよ。知ったところでどうにもならないことだしねぇ」


 ククク、と笑いながら、老婆が語りはじめた。


「初めましてと言っておこうか。あたしゃサムダ。以後お見知りおきを」


「サムダ……!」


「詳しい自己紹介の前に、まずは前提知識を授けようか。この世界において、人間たちが戦う力とは誰から与えられるものだい?」


「……大いなる存在、でしょうか。ある地域では精霊と崇められ、ある地域では神とも讃えられ、様々な形で信仰されている――いいえ、されていた『何か』」


 地域によって解釈に差こそあれど、なにか人知を越えた存在が人間に力を授けている。

 その認識だけは、かつてあったどの国においても変わらなかった。


 リフレたちの住んでいた国でも、それを『神』なる存在として信仰していた。

 大聖母グランドマザーの下、教会で修道女として暮らしていたリフレには愚問に近しい問いだ。

 もっとも、彼女自身は師匠の影響でそれほど信心深くないのだが。


「満点回答、さすがだねぇ。補足しておこうか。その存在の名は『ニローダ』。人という存在を作った創造者クリエイターさ」


「人を、作った……? それでは本当に神そのものではないですか……」


「ニローダは世界に人を放ち、箱庭の中を観察するように見守っていた。しかし、すぐに致命的な不具合が発覚したのさ。人の放つ負の感情から、魔族というイレギュラーが生まれる不具合だ」


 やれやれ、と言わんばかりに大げさに首を振るサムダ。

 その態度には明らかに、魔族という存在への侮蔑ぶべつが含まれていた。


「自らの想定しなかった存在の登場は、ニローダの望むところじゃない。当然、対策をほどこした。人に戦う力を与えたのさ。魔族や魔物に怯えない生活をできるように。豊かな暮らしで心をうるおし、魔族のエサとなる負の感情を生み出さないように、ね」


「……しかし、魔族は――」


「そう、滅びない。魔王が倒されたとしても、どれほど暮らしが豊かになろうとも、人間の出す負の感情はとどまることを知らなかった。すぐに魔王は復活し、倒したとて元通りの堂々巡り。ついにニローダは決断を下したのさ」


 そこで言葉を切り、一息入れると、サムダは視線を街の方へと移す。

 通りの端で『天の御遣い』にかこまれ、苦しみながら変異していく男を眺めながら、老婆の口元がニヤリと歪んだ。


「現生の人類を滅ぼし、魔族を生まない新人類を新たに生み出そう、と」


「そんな……! なんの権利があってっ!!」


創造者クリエイターが作ったものをどうしようと勝手だろう? さて、前提知識の提供は以上。あたしの自己紹介に移ろうか」


 手前勝手な理屈にいきどおりを見せるリフレだが、今の彼女にはどうすることもできない。

 腕を引きちぎって脱出しようにも、力がまるで入らない。

 ただ縛られたまま、サムダの話を聞く他はなかった。


「120年前のことだ。ニローダの意思の下、あたしは先駆けてこの世界に降り立った。……と言っても、精神体でさ。肉体を持たない我々は、地上じゃ物理的な干渉ができなかったんだ」


「……やはりその体は、師匠本人のものなのですね」


「その通り。この女の若く屈強な体に目をつけたあたしは、とりつき、乗っ取ろうとした。しかし、なんと! 逆に封じ込められちまったのさ!」


「無様ですね」


「反論もできないねぇ。心の奥底に押し込められた上に、こっち側の目的まで知られちまったんだから。そのうち乗っ取ってやろうと、虎視眈々と狙っていたが……」


 そこで言葉を切ると、サムダは自身の――師匠の体を眺め回し、


「ようやく叶った」


 リフレに当て付けるかのように、満足げな笑みを浮かべた。


「寄生虫の分際で、偉そうに」


「くくっ、手も足も出ないからかねぇ。口がよく回る」


「師匠……、ずっと体の中にこんな怪物を封じ続けていたのですね……」


「おーやおや、怪物とは手厳しい。同類にむかってよくそんな口を利けたモンだ」


「同類……? い、いったい何の話です」


 嫌な胸騒ぎを覚えつつ質問を投げかけると、サムダの表情がサディスティックに歪んだ。


「あたしの失敗を受けて、ニローダは考えたのさ。現世に降り立つに当たって、馴染まない他人の肉体を乗っ取る形では、あたしの二の舞になりかねないと」


「な、何の話かと聞いているのです!」


「そこで、自分の力を少しだけ分け与えた分身を創造クリエイトしたんだ。侵攻準備が整った際、自身が現界する際に安全かつスムーズに体を乗っ取ることが可能で、その上100%の力を発揮できる細工と、絶対に死なない保険とともに、ね」


「だ、だから、何の話を……」


「声が震えているねぇ。もうわかってるんじゃないのかい?」


 ライハの態度、封印の理由。

 白い魔物のうやうやしい態度。

 全てがリフレの中でつながろうとして、しかし認められない。

 認めたくない。


 だが耳をふさぐことも、逃げ出すこともできない状況。

 絶望に染まっていくリフレを眺めて愉悦に浸りながら、サムダは告げた。


「リフレ・セイヴァート。アンタはニローダが降臨するための、人類を消滅させる力を振るうための器。ニローダによって、そのために生まれた存在なのさ。ただそれだけのために、ね」




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