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37 白い翼




「ごポ……ッ」


「……ライハ?」


 みぞおちを貫かれ、緑の血を吐くライハ。

 予想だにしない光景をリフレは呆然と見ていた。


 彼女の腹に生えた手刀が引き抜かれると、二人のつないだ手がするりとほどける。

 ライハがゆっくりと倒れていき、彼女の影に隠れていた下手人げしゅにんの姿を目にした時、リフレの目はおどろきに見開かれた。


 ドサっ。


 親友の倒れた音でリフレはようやく我に返り、そして震えた声で目の前の人物に問いかける。


「し、師匠……、ど、どうして……?」


「……ふん、心臓を狙ったんだがね。急所を外すだけの余力は残っていたかい」


「師匠……! 答えてください……!」


「だが、まぁ助かったよ。アンタがコイツを削ってくれたおかげで、目的を果たすことができる。さすが、アタシの自慢の弟子だ」


 ライハの頭を足蹴にしながら言い放つ師匠の目は、リフレが見たこともない冷たさをたたえていた。

 ライハもリフレと同じく困惑しながらも、敵意をこめて見上げにらむ。


「婆さん……、ゲホッ! リフレがどうしたって聞いてんだろ……! アンタ、いったい……!」


「まだ意識があるんだねぇ。しかし、その体じゃあ満足に動けまいさ。これから起こることにだって、どうすることも出来やしない」


 パチンっ。


 老婆が指をはじくと同時、


 ドガァァァァァァッ!!


 けたたましい爆音がとどろいた。

 音源は街の中心部。

 グフタークの屋敷がある辺りから、もうもうと黒煙が立ち上る。


「今の、爆発か……!? アンタいったい……!」


「すぐにわかるさ」


 その言葉どおり、異変はすぐにおとずれた。

 突如として吹き荒れる冷たい暴風。

 木々がしなり、木の葉とともに芝が舞い上げられ、みるみる気温が下がっていく。


「この現象……、それにさっきの爆発……。まさか、第二区の結界を破壊したのか……!」


「ご名答。結界の制御装置に魔導爆弾を仕掛けさせてもらったのさ。屋敷に泊めてもらったお礼にねぇ」


 高度三千メートルに位置する四つの浮島は、結界によって気温や気圧を制御されている。

 その結界を破壊された結果、気温と気圧が急激に変動しているのだろうが……。


「こんなことして、一体何になるんだよ……!」


「うるさいねぇ。すぐにわかると言ってるだろう」


 ガッ!


「うあ……っ!」


 顔面を蹴り飛ばされ、ゴロリと転がるライハ。

 師の唐突な凶行に呆然と立ち尽くすリフレだったが、


「う、あ、あぁぅうぅ……っ!」


「ニル!?」


 苦しみうずくまるニルの姿に気付くと、急いで彼女の方へと駆け寄り抱き起こす。


「ニル、どうしたのです!? どこかケガでも――」


「体が、体が……、熱い……! 引き裂かれ、そう……!」


 苦悶の表情を浮かべ、脂汗をにじませるニルの様子は明らかに普通ではない。

 見たところ外傷は無し。

 病気だったならオートヒールでは治せない。

 師匠とライハ、そしてニルの異変に、リフレの混乱が頂点に達しようとしたその時。


「た、助けてぇぇ!!」


「怪物が、街に怪物がぁぁぁぁぁ!!!」


「こ、今度はなにが……」


 悲鳴と怒号。

 顔を上げれば、逃げ惑う民衆たちが大勢、息を切らして走ってくる。


 その後ろには白鳥のような白い翼の生えた、金色の三又の槍を持つ怪物たちの姿。

 汚れのない純白の体には、どこか神聖な雰囲気すら感じる。


 が、どうやら魔物には変わりない。

 それが証拠に、怪物たちは手にした得物で人々を次々に刺し殺していた。


 数々の魔物を相手にしてきたリフレだが、あのような魔物はいまだかつて見たことがない。

 しかしライハは違っていたようだ。


「ウソだろ……、アイツら、『天の御遣みつかい』だ……!」


 純白の魔物を、愕然とした表情でそう呼ぶライハ。

 一方、逃げてきた民衆の一人がリフレの前に駆け込み、すがりつく。

 恐怖からだろうか、彼もまたニルと同じく脂汗をにじませ、苦悶の表情を浮かべていた。


「あ、アンタ、助けてくれ! 俺はまだ、死にたくないぃ……!」


「お、落ち着いてください。魔物たちはすぐに倒しますから」


「違う、違うんだ……! このままじゃ俺もアイツらに、アイツらの仲ま。あ……、あ……? あっ、あったかっ、あったかぁい。ひかり」


「え――」


 苦悶に染まっていた男の顔が、恍惚としたものに変わる。

 直後、彼の背中が隆起し始め、皮膚と衣服を突き破って純白の翼が現れた。


「な、なんですか……。なんなんですか、これ……」


 まるでセミの羽化のようだった。

 男の薄皮だけを残し、体の中から這い出してきた『天の御遣い』が、翼を広げて美しい白の羽毛をまき散らし、


「ひかり。ぽかぽか」


 魔術の一種だろうか、手のひらが白く輝くと、光の中から金色の三又槍が出現した。


「あかるい」


「……っ」


 青く澄んだ、鳥のような鋭い瞳がリフレにむけられ、彼女はニルをかばって身構える。

 しかし『天の御遣い』がリフレを襲うことはなく、


「きゅうさい」


 すぐに逃げ惑う民衆たちへと興味を移し、飛び立っていった。


 ライハは憤りを隠さず、地面を殴りつけて叫ぶ。


「……あり得ないッ!! 第二区の結界を壊しただけじゃ、こんなことにならないはず! 大聖母グランドマザー、あんた何を――まさか……っ」


「やっと気づいたのかい? さっき手刀でつらぬいた時、魔力の抑制剤を体内に仕込んだのさ。今、アンタは『ドゥッカ』の結界を張れていない」


「そん、な……!」


「通常、魔王の絶大な魔力を抑制剤ひとつで封じることなんざ出来やしない。だが、リフレとの戦いで削られた今なら話は別さ」


「そこまで考えて……、クソっ!! アンタ何者だ、何が目的だ!!」


「教える義理はないね」


 そこでライハとの会話を打ち切り、老婆はリフレに手を差し伸べる。


「さぁリフレ、いっしょに来な。ここはもうじき大変なことになる」


「で、ですが……」


「どうした、魔族の支配する世界をぶっ壊したいんだろ? その手伝いをしてやろうってんだ」


「しかしニルが……。それに街の人たちも……」


「放っておきな、その子はもうダメさ。それに、名前も知らない人間なんかのために命を張るのかい? さぁ、来るんだ」


 惨殺され、魔物に変わっていく人々。

 彼らと同じ運命を辿ろうとしている、共に旅をしてきたニル。

 その全てをなんでもないことのように見捨てた老婆の手を、リフレは力一杯振り払った。


「……何すんだい。師匠の言うことが聞けないと――」


「――あなた、誰ですか?」


「なんだって……?」


「あなたは誰ですか。そう質問しています」


「おかしなことを。見ての通り、アンタの師匠じゃないか」


「違います!!」


 強い言葉でハッキリと否定し、師匠を――師匠の姿をした何者かをにらみつける。


「あなたは師匠じゃない……! いつ入れ替わったのか知りませんが、師匠はどこですか! 一体何が起こっているんですか……!」


「……ふぅ、面倒だねぇ。『この婆さん』とは百年以上の付き合いだが、土壇場になるとボロも出るか」




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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に物語が動き出しそうで楽しみです。 ニルが無事でいて欲しい……
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