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36 信じるよ




「はかどるねぇ、はかどるねぇ。サンプル大量、僕ホクホク♪」


 上機嫌なロークの鼻歌は、研究室に丸一日以上流れ続けていた。

 リフレの片腕を手に入れてからというもの、彼は睡眠も絶望の摂取も忘れて研究と実験に没頭している。


「いいねいいねぇ。さて、お次のデータは、と。……んん? この細胞は……?」


 数ある細胞のうち、ひとつがロークの目に止まる。

 リフレの腕から採れるのは当然ながら正常な人間の細胞。

 だが、その細胞だけは異質な形状をしていた。


「妙だねぇ。もう少し調べてみようか」


 他の皮膚サンプルを調べてみると、同じ形状のものを多数発見。

 魔族学者はメガネの奥の瞳を少年のようにきらめかせた。


「あっは、素晴らしい! さてさて、コレが意味するところとは……」


 当然ながら、彼の興味はこの細胞の正体に移っていくが、


「……待てよ。この細胞、どこかで見た覚えが……?」


 ふとよぎった既視感デジャブに作業の手が止まる。

 気のせいでないならばどこで見たのか。

 記憶を探ること数秒、彼は目当ての情報を引き出すことに成功した。


「そうだ、80年前。あの時のサンプルだ」


 このドゥッカが完成したばかりの頃、何人かの人間が島の外への脱走を図ったことがあった。

 警備も施設も不完全な状態だったため、結界の外への脱走は成功。

 しかし海を渡る前に、彼らは捕らえられてしまう。


 脱走に気づいた魔族に追われる中で、脱走者たちが次々と倒れていったからだ。

 彼らは結界の中へと戻されたものの、数日を待たずして全員が死亡。


 死因の究明のためにロークの研究所へ遺体が回されたが、彼にも原因の解明はかなわなかった。

 ただひとつ、彼ら全員の体細胞が、人間ではない何かへと変異している、その一点以外は何も。


「……と、これこれ」


 80年前から保存していたサンプル、保存液に漬けられた脱走者の腕を取り出し、体細胞を比較してみると。


「一致、したねぇ。おどろいた。しかも……」


 となりにある顕微鏡にセットされたリフレの細胞と、なにかしらの反応を示している。


「これが意味するところは……。……うむ、面白いことになってきた。こうしちゃいられない、彼女らの後を追わないと」


 フィールドワークも研究の一環。

 貴重なサンプルを頑丈なカバンに詰め込んで、ロークは雲上を目指して出発する。

 ウキウキの上機嫌で、この先何が起きるのかも知らないままに。



 〇〇〇



「……あー、もうダメ。体、動かない」


「でしょうね……。立ち上がられたら、困ります……っ」


 拳を引くと同時、リフレはその場にひざをつく。

 体力を使い果たしたのだろう。

 息は荒く、足がガクガクと震えていた。


「どうして、アレ食らって立てたのさ……。効いてないはずないでしょ?」


「気合いです」


「きっ、気合い……?」


「気合いです。気合いでなんとかしました」


 まさかの精神論。

 ライハは目を丸くしたあと、


「……ぷっ、あははっ」


 思わず笑いだす。


「気合いかー、そりゃ仕方ないね。……口元、それから腕。血が垂れてるよ?」


「……っ」


 ライハに指摘されたリフレ。

 あわててぬぐうも、もう遅い。


「……ごまかせませんでしたね」


 じつのところ、リフレが動けた理由は気合いではない。

 雷光に体が隠れている間に、彼女は自分の手足を無理やり引きちぎっていた。

 自らの舌を噛みちぎって、無理やりに意識を保ちながら。


 そうして雷光が消えた瞬間、新たに手足を再生させる。

 新しく生まれた手足の筋肉は麻痺していないため、彼女はすぐさま動くことができた。


「ホント、ムチャばっかりするよ……」


 よくよく目をこらせば、黒焦げになって炭化していく切り離された手足が転がっている。

 相変わらずの自分の身をかえりみない戦い方に、ライハは深いため息をついた。


「そういうとこ直してって、いつも言ってたのに」


「やっぱりお小言ですか。だからバレたくなったのです」


 そうぼやきつつも、実のところライハに無用な心配をかけたくなかっただけ。

 戦っている最中だとしても、リフレの自傷行為がライハの心に負荷をかけることをリフレは知っている。

 そして、ライハもその事をわかっている。


「はいはい、ま、そういうことにしといてあげる」


「えぇ、そういうことにしといてください」


「……へへっ」


「ふふっ」


 道をわかって殺し合いまでしたというのに、互いを心配して気を遣い合う。

 そんな自分たちが滑稽に思えて、二人は笑い合った。


「……リフレ、これからどうする?」


「もちろん、封印なんてお断りです。今度こそ、何が起きているのか話してください」


「……知ったら辛いよ? 大変かもだよ?」


「覚悟の上です。あなたの重荷、わたくしにも背負わせてください」


「……強いね、リフレ。じゃ、あたしもリフレの強さ、信じることにしますか」


 倒れたままのライハに手を差し伸べるリフレ。

 ギュッと手をにぎり合い、魔王を聖女が助け起こした、その瞬間。


 ドスッ。


「――え?」


 ライハの鳩尾みぞおちを、背後からの手刀が貫通した。




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