35 わたくしのためならば
「魔王が世界の危機に立ち向かおうとしていた……? どういうことなのです」
「そのままの意味さ。アイツの目的は魔族を繁栄させることでも、ましてやあの頃ウワサのようにささやかれてた、人類を支配することでもなかったんだ」
「にわかには信じられませんが……」
しかし、ライハがウソを言っているようには見えない。
なにより、あの時彼女に感じた違和感の正体を納得できてしまう。
「……ですが、そのことがわたくしの封印とどう関係するのです」
「だーかーらー、秘密だってば」
「わたくしのために、ですか?」
「そう、ぜーんぶリフレのため」
「……でしたら、なおさら聞き出さねばなりませんね」
その時、リフレのまとう雰囲気が一変した。
「……っ!」
鋭い眼差しと発せられる闘志に、ライハの足は彼女の意思と無関係に動き、飛び離れ、間合いを取る。
「わたくしのため……。ライハが魔王になった理由がわたくしのためだったのなら――」
(うわ、ビリビリ来る……!)
肌を刺すプレッシャーが肌にヒリつき、まるで電気を流されているかのように感じる。
最愛のリフレから本気の闘志をむけられて、ライハはニヤリと口元をゆがめた。
「あなたが108年もの間苦しみ続けたのは、他ならぬわたくしが原因です。ならばわたくしには、あなたを止める義務がある」
「本気で来るんだね。殺す気で」
「えぇ。止めるには、殺すくらいがちょうどいいでしょう?」
「たしかに。封印するなら、殺すくらいでちょうどいいね……!」
ここまでの戦い、リフレは対話を、ライハは説得を目的に戦っていた。
本気の殺意をむけ合わない、組み手に近い勝負。
しかし、
「リフレ、次に目覚めた時は何千年か後かもよ」
「ライハこそ、誤って二度と目覚めなくさせたらすみません。先に謝っておきます」
「怖いね~。……じゃ、もう言葉は必要ないか」
「えぇ。戦り合いましょう」
ここから先は対話など必要ない。
ただ力でねじ伏せるのみ。
リフレがふところから二丁の魔銃を取り出し、ライハの剣に宿った電光は一層の輝きを増す。
先に仕掛けたのはライハ。
全身に紫電をまとって、雷のような速さで突進、突きをくり出した。
すぐさま横宙返りで回避し、空中で回転しながら銃撃するリフレ。
しかし、ライハの剣がすべての銃弾を斬り落とし、その間にリフレが着地。
最初の攻防は互いが無傷に終わる。
「さすがだね。いっしょに旅してた頃から、どっちが強いのかって思ってたんだ」
「答え、出そうですか?」
「うん。単純な強さなら、あたしのが上。でも――」
次はリフレからしかける。
ライハが放つ雷撃をステップでかわしながら距離をつめつつ、銃を連射。
先ほどと同じく弾を弾かれるが、これは牽制。
本命は間合いに入ってからの上段回し蹴り。
ガッ!!
渾身の一撃を、電撃で守られた頭部に躊躇なく叩き込んだ。
当然リフレの足には電撃が流れ、黒く焼け焦げるが、すぐさま再生。
「ぐ……っ、これこれ、オートヒール! これがある分、わかんなくなるんだよ!」
吹き飛ばされるライハを追い、さらなる追撃をしかけるリフレ。
拳の連打を放ちにかかるものの、
ズバズバズバッ!!
繰り出したそばから腕が斬られ、そのたびに再生。
そして腕を斬られるたびに電撃が流される。
が、リフレはまったく怯まない。
ほんの一瞬だけ触れる電撃は、胴体に入る直前の肩口で止まり、脳に達していない。
麻痺をともなわない痛みだけでは彼女は止まらない。
執拗な連打の果てに、
ズドドドドドドドドッ!!
「あぐ、がっ、ぐあっ!」
剣撃のガードがついにやぶられ、ラッシュがライハの胴に叩き込まれた。
だが、ライハも痛みや少しばかりのダメージでは戦意喪失とはいかない。
リフレが目の前にいる、これこそが絶好の機会。
雷の力を全力で解放し、
「っ、雷破熱領域!」
自らを中心とした周囲数メートルに、超高密度の電撃フィールドを展開した。
この中に囚われたライハ以外の全てのモノは雷撃を受けるとともに、体内の水分を加熱される。
多大な魔力を消費し、敵をふところに留めることになる彼女の切り札。
「ああ゛あああ゛ぁぁ゛あぁぁ゛ぁぁあ゛あぁぁぁ゛ぁあ゛ぁぁぁ゛ぁぁ゛ぁぁっ!!!」
想像を絶する激痛に襲われ、熱と同時に電撃を体中に流される。
体から水蒸気を発し、リフレの全身がブスブスと焼け焦げていく。
これほどまでのダメージを与えれば、確実に意識を刈り取れる。
たとえ意識を保っていたとしても、全身が麻痺して行動不能だろう。
トドメのダメ押しとして雷撃をリフレの周囲に集中。
彼女の姿が見えなくなるほどのまばゆい輝きが放たれ、
「……終わりだね」
ひときわ強い光を放つと、それを最後に電界が消失。
煙を上げて倒れ伏す無残なリフレの姿が現れた。
オートヒールで火傷が癒えていくところを見るに命はあるようだが、ピクリとも動かない。
完全に意識を失っていると判断したライハは、倒れたリフレに近寄ると、屈んで彼女の髪をそっと撫でた。
「ごめんね、痛い思いさせて。次目覚めたら、全部終わってるから」
「…………」
「絶対絶対、平和な未来で目覚めさせるから。そしたらまた、仲良くしようね」
「……お断りします」
「え――」
ガシッ。
完全に、反応が遅れた。
油断しきったライハの顔面をつかみ、後頭部を思いっきり地面に叩きつけ、
「――象槌撃」
ドゴォっ!!
「ごぽっ……!」
真上からみぞおちに、全体重を乗せた正拳。
ライハの周囲の地面が衝撃で割れ、彼女は緑の血を吐き散らしながら大の字に倒れた。




