33 開戦
翌朝。
雲上第二区、浮き島の中央に位置する自然公園。
市民の憩いの場となっている広々とした芝生の上で、リフレとライハはむかい合う。
ライハの指示で人払いが行われ、戦いに立ち会う者はニルと師匠のみ。
少しだけ離れた場所から、二人はリフレとライハの戦いの始まりを見守っている。
「リフレ、昨日はよく眠れた?」
「おかげ様でぐっすり眠れました。こっそり封印しても気づかなかったかもしれませんよ?」
「しないよ。それやったら絶対に絶交されるじゃん」
「えぇ、嫌いになってたでしょうね」
談笑しつつ、背中の長剣を引き抜くライハ。
対するリフレも拳をにぎり、腰を落としてかまえる。
「じゃあ、今はまだ嫌われてないんだ。よかった」
「場合によっては嫌いになりますよ? 今はグレーというところです」
「うひゃあ、じゃあ気をつけないとね。……『雷氣光来』」
ピシャァァァアッ!!
青空に雷鳴がとどろき、ライハの剣が雷撃をまとう。
彼女の戦技はいたってシンプル。
雷の力をあやつる、ただそれだけ。
それだけであるがゆえに応用の幅が利き、その強さも使い勝手の良さもトップクラス。
彼女が勇者に選ばれた理由のひとつが、『この戦技をもっているから』だった。
「雷鳴斬。最初から飛ばしてくよ」
「どうぞ。わたくしも飛ばしていきます」
剣を両手でかまえ、ライハはニヤリと笑った。
そこで二人の会話は途切れ、しばしの静寂ののち。
ドウ……ッ!!
爆発と聞き違うような踏み込み音を残し、二人の姿が消えた次の瞬間。
ゴォォォッ!!
「わっ……!」
嵐のような衝撃波が走り、ニルは思わず顔を腕でかばう。
吹き飛ばされてしまいそうな小さな体を守るように、師匠が彼女の前に出た。
「ニル、立ってられないかい? もう少し離れてもかまわないよ」
「いい……、ここにいる」
「そうかい。だったらアタシの後ろから離れるんじゃないよ。これからもっと激しくなるからね」
師匠の言葉どおり、草原のあちこちで衝撃波が――二人の激突の余波が発生。
ニルは師匠の体にしがみつき、そこから一歩も動けない。
しかし目だけはしっかりと開けて、目には見えない二人の戦いをその網膜に焼き付けようとしていた。
一方、リフレとライハの戦いはたった数十秒間で、数千度の攻防を経ていた。
その最後、姿勢を伏せたリフレへめがけ雷鳴斬を振り下ろすライハ。
彼女の手首をつかみ、攻撃を押しとどめたところで、ようやく二人は動きを止めた。
「……さすが、やるねぇ。こりゃグフタークたちが束になろうと勝てないはずだ」
「わたくしも、さすがとほめてあげましょう。まだほんの小手調べではありますが」
「そりゃそうだ。リフレの本気、まだまだこんなもんじゃないもんね……ッ!」
バチィッ!
ライハが手首に電撃を流し、リフレはとっさに手を離す。
痛みのためではない。
彼女の電撃が全身に巡れば、肉体を麻痺させられる。
痛みに耐えられても、筋肉や神経を封じられてはどうすることもできない。
まさにリフレの天敵といえた。
「もっと続けようよ、リフレが納得するまでさ!」
ライハが剣を振るうたび、雷撃が周囲にまき散らされる。
毛細血管のような電撃をくぐり抜け、リフレも反撃に転じるが、蹴りも拳もことごとくを回避された。
「わたくしの納得は、力ずくでは得られませんよ!」
それでも果敢に間合いをつめ、掌底をくり出す。
ライハはギリギリで後ろにジャンプ。
しかし生じる衝撃波をモロに受け、大きく後ろへ吹き飛ばされた。
「そりゃ大変だ。だったら納得する前に、ビリビリさせて封印しかないね!」
「しかなくありません! あなたが説明すれば、それですむことじゃないですか!」
すぐさま前に飛び、吹き飛ぶライハを追いかける。
しかしライハはリフレの前にクモの巣状の電撃ネットを展開。
勢いのまま電気の網に突っ込んだリフレは体勢を大きく崩し、ライハのはるか手前に墜落した。
「説明、できないんだよ。したくてもできない理由があるんだ」
「どうして……ッ、わたくしに隠し事を、しないでください……っ!」
体にしびれを覚えながらもリフレは立ち上がる。
少量の電撃ネットに短時間触れただけでは、彼女の動きを封じるほどの麻痺状態にはできなかった。
「わかってよ。リフレが大事だから言ってるんだ」
「わかりません……! あなたが何を考えているのかも、どうして魔王になったのかも、この時代の人々を苦しめているのかも……!」
「……ぶっちゃけさ。これって全部リフレを殺せばすむ話なんだよ」
「え……?」
ライハの独白、それは真相に一歩近づく感触を、重みをリフレに与えた。
それほどまでにしぼり出すような、実際ライハにとっては明かしても構わないギリギリの言葉だった。
「あの時リフレを殺してれば、魔王になんてならなくてよかった。人類文明を滅ぼさなくてよかった。こんな島作って、魔族を繁栄させなくてもよかったんだ」
「なにを――」
「でも殺せなかった。だって、あたしはリフレが好きだから。世界を滅ぼしてでも、リフレに生きてほしかったんだ」




