32 納得できない
カフェを出てからも、ライハはかつてのようにリフレに接した。
リフレの手を引き、前を歩いて楽しげな笑顔を浮かべながら。
そうして日がかたむき、デートの終わりにと連れてこられたのは浮き島の端。
ベンチに二人腰かけて、ライハは夕陽を指さした。
「どうよ、ここ。海に沈む夕日を見るには絶好のスポットなんだよ」
「えぇ……。キレイ、ですね……」
雲も見下ろすはるかな高みから望む、水平線のむこうに沈んでいく赤い夕陽。
こんな状況でなければ素直に感動できていたのだろうが。
「そろそろ夜だし冷えてくるよね、寒くない?」
「いえ、特には……」
リフレにはピンと来ていないが、この浮き島は高度三千メートルに浮かんでいる。
普通ならば防寒着が必要なほど冷え込んでもおかしくないのだが、島の周囲には特殊な結界が張られていた。
この結界によって、島の内部は気温、気圧ともに平地と変わらぬ水準を保っている。
「ちぇ、寒くないかー。せっかくアタシが暖めてあげようと思ったのに」
「電撃でですか?」
「ぎゅーっと抱きしめてだよー!」
「お断りします」
「えぇ、なんでぇ……」
ライハに優しく抱きしめてもらって、その温もりを感じる。
魅力的な申し出ではあったが、リフレにその行為を受け入れるつもりはなかった。
少なくとも、彼女の真意を知るまでは。
「……こほん。どうかな、今日は楽しかった?」
「楽し……、かったです」
「へへ、よかった」
ライハに手を引かれて連れまわされる。
かつての旅では、新しい街に着くたびに起きた出来事。
(無邪気な笑顔も、わたくしに新しいモノを見せたくて仕方ない感じも、あの頃のまま。やはりこの子はまぎれもなくライハでした……)
だからこそ知りたい。
なぜライハがライハのまま、こんな地獄のような世界を作ったのか。
「……ライハ。そろそろ、話しましょう?」
「……そう、だね。楽しい時間は終わりかな」
夕陽が完全に沈み、夜の闇が訪れる。
それが気持ちの区切りとなったのか、ライハは深く息を吐いたあと、リフレにむき直り口を開いた。
「リフレ。何も聞かずに封印されてほしい」
「はい、わかりました。……と言うとでも?」
「わけないよね。そんなん逆に正気を疑うよ」
「封印はされません。封じたい理由を――いいえ、全てを教えてください。わたくしは全てに納得するために、あなたに会いに来たのです」
リフレの意思は固い。
説得して封印に応じてもらうのは不可能、とはいえ。
「……全ては教えられない」
「なぜですか……!」
「リフレを、苦しませたくないから」
全てを説明できない、最大の理由がこれだった。
真実を知ればリフレは苦しむだろう。
不意打ちで行った封印も、必要以上に苦しませたくなかったから。
しかし、当然ながらこれだけでリフレが納得できるわけがない。
「意味がわかりません。もう少し具体的にお願いします」
「……話せる範囲でおおざっぱに説明すると、勇者として世界を救いたかったから」
「世界を救う……? 世界を滅ぼしたのは魔王たるあなたでしょう」
「そういう意味じゃないんだな」
「ならばどういう意味ですか」
「……80年前の大侵攻を知ってるってことは、人類に起きた異変も知ってるよね」
「突如として人々から戦う力が失われたのですよね」
その機に乗じて魔族の大侵攻が始まり、抗うすべを持たない人類はたやすく敗北し、この島に追いやられた。
ロークから教えられた、この状況の成り立ちだ。
「そう、説明する手間がはぶけるよ。じつはこの『ドゥッカ』は、戦う力を失った人類を保護するための島なんだ」
「保護……?」
「そう、保護。魔族は防衛戦力。魔族が存在するには絶望が必要だから、こういう形になってる」
「まったく納得できません。あまりにもざっくりです、断片的過ぎます。人類を滅ぼしたのは魔族でしょう。そもそも防衛戦力とは、なにから防衛すると言うのです」
「……敵」
「……?」
そこで会話は途切れてしまった。
まったく要領を得ない説明は、リフレの求める答えには程遠い。
到底納得できるものではなかった。
「ねぇ、アタシのこと信頼してくれてるならさ、何も聞かずに封印されてよ。いつになるかはわからないけど、絶対になんとかする。いつか必ず自由にしてあげるから……」
「……ライハが魔族を使ってなにかをしようとしている、それはわかりました。あなたの行動には、きっと意味があるのでしょう。ですが――」
空を見上げて話すライハのかたわら、リフレは地表を――下層をおおうぶ厚い黒雲を見下ろす。
「今この時、苦しんでいる人々が大勢います。わたくしが封印されるということは、その方たちを見捨てることを意味します」
これまで出会ってきた、北地区の生きる楽しみを知らない人々。
西地区の悲惨な末路を知らずに暮らす老人たち。
そして、ここまでついてきてくれた師匠とニル。
ライハを信じて封印に応じれば、その全てを見捨てることになる。
「……必要な犠牲だよ。これがベストな方法だった。全人類が殺されてしまうより、ずっといい」
「わたくしはそう思いません。教えてくださらないので、事情はまったくわかりませんが、今のこの世界は気に入りません。それに、何より気にいらないのが――」
「魔族?」
「わかってるじゃないですか」
筋金入りの魔族嫌いは、共に旅したライハが一番よく知っている。
今日のデート中も、魔族とすれ違うたびに彼女の顔から笑顔が消え、かわりに殺気をほとばしらせていた。
「魔族が支配する世の中なんてゴメンです。断固拒否です」
「封印、ダメ?」
「ダメです。どうしても、と言うのなら、力ずくでどうぞ」
「……はぁ、仕方ないなぁ。じゃあ、デートはここまでだね」
すっ、と立ち上がり、ライハは深いため息をついた。
「今日はもう疲れたから、また明日で。……世界のために、力ずくでもリフレを封印するよ」
「えぇ、望むところです。納得するために、力ずくでも事情を聞き出します」




