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32/97

32 納得できない




 カフェを出てからも、ライハはかつてのようにリフレに接した。

 リフレの手を引き、前を歩いて楽しげな笑顔を浮かべながら。


 そうして日がかたむき、デートの終わりにと連れてこられたのは浮き島の端。

 ベンチに二人腰かけて、ライハは夕陽を指さした。


「どうよ、ここ。海に沈む夕日を見るには絶好のスポットなんだよ」


「えぇ……。キレイ、ですね……」


 雲も見下ろすはるかな高みから望む、水平線のむこうに沈んでいく赤い夕陽。

 こんな状況でなければ素直に感動できていたのだろうが。


「そろそろ夜だし冷えてくるよね、寒くない?」


「いえ、特には……」


 リフレにはピンと来ていないが、この浮き島は高度三千メートルに浮かんでいる。

 普通ならば防寒着が必要なほど冷え込んでもおかしくないのだが、島の周囲には特殊な結界が張られていた。

 この結界によって、島の内部は気温、気圧ともに平地と変わらぬ水準を保っている。


「ちぇ、寒くないかー。せっかくアタシが暖めてあげようと思ったのに」


「電撃でですか?」


「ぎゅーっと抱きしめてだよー!」


「お断りします」


「えぇ、なんでぇ……」


 ライハに優しく抱きしめてもらって、その温もりを感じる。

 魅力的な申し出ではあったが、リフレにその行為を受け入れるつもりはなかった。

 少なくとも、彼女の真意を知るまでは。


「……こほん。どうかな、今日は楽しかった?」


「楽し……、かったです」


「へへ、よかった」


 ライハに手を引かれて連れまわされる。

 かつての旅では、新しい街に着くたびに起きた出来事。


(無邪気な笑顔も、わたくしに新しいモノを見せたくて仕方ない感じも、あの頃のまま。やはりこの子はまぎれもなくライハでした……)


 だからこそ知りたい。

 なぜライハがライハのまま、こんな地獄のような世界を作ったのか。


「……ライハ。そろそろ、話しましょう?」


「……そう、だね。楽しい時間は終わりかな」


 夕陽が完全に沈み、夜の闇が訪れる。

 それが気持ちの区切りとなったのか、ライハは深く息を吐いたあと、リフレにむき直り口を開いた。


「リフレ。何も聞かずに封印されてほしい」


「はい、わかりました。……と言うとでも?」


「わけないよね。そんなん逆に正気を疑うよ」


「封印はされません。封じたい理由を――いいえ、全てを教えてください。わたくしは全てに納得するために、あなたに会いに来たのです」


 リフレの意思は固い。

 説得して封印に応じてもらうのは不可能、とはいえ。


「……全ては教えられない」


「なぜですか……!」


「リフレを、苦しませたくないから」


 全てを説明できない、最大の理由がこれだった。

 真実を知ればリフレは苦しむだろう。

 不意打ちで行った封印も、必要以上に苦しませたくなかったから。

 しかし、当然ながらこれだけでリフレが納得できるわけがない。


「意味がわかりません。もう少し具体的にお願いします」


「……話せる範囲でおおざっぱに説明すると、勇者として世界を救いたかったから」


「世界を救う……? 世界を滅ぼしたのは魔王たるあなたでしょう」


「そういう意味じゃないんだな」


「ならばどういう意味ですか」


「……80年前の大侵攻を知ってるってことは、人類に起きた異変も知ってるよね」


「突如として人々から戦う力が失われたのですよね」


 その機に乗じて魔族の大侵攻が始まり、抗うすべを持たない人類はたやすく敗北し、この島に追いやられた。

 ロークから教えられた、この状況の成り立ちだ。


「そう、説明する手間がはぶけるよ。じつはこの『ドゥッカ』は、戦う力を失った人類を保護するための島なんだ」


「保護……?」


「そう、保護。魔族は防衛戦力。魔族が存在するには絶望が必要だから、こういう形になってる」


「まったく納得できません。あまりにもざっくりです、断片的過ぎます。人類を滅ぼしたのは魔族でしょう。そもそも防衛戦力とは、なにから防衛すると言うのです」


「……敵」


「……?」


 そこで会話は途切れてしまった。

 まったく要領を得ない説明は、リフレの求める答えには程遠い。

 到底納得できるものではなかった。


「ねぇ、アタシのこと信頼してくれてるならさ、何も聞かずに封印されてよ。いつになるかはわからないけど、絶対になんとかする。いつか必ず自由にしてあげるから……」


「……ライハが魔族を使ってなにかをしようとしている、それはわかりました。あなたの行動には、きっと意味があるのでしょう。ですが――」


 空を見上げて話すライハのかたわら、リフレは地表を――下層をおおうぶ厚い黒雲を見下ろす。


「今この時、苦しんでいる人々が大勢います。わたくしが封印されるということは、その方たちを見捨てることを意味します」


 これまで出会ってきた、北地区の生きる楽しみを知らない人々。

 西地区の悲惨な末路を知らずに暮らす老人たち。

 そして、ここまでついてきてくれた師匠とニル。

 ライハを信じて封印に応じれば、その全てを見捨てることになる。


「……必要な犠牲だよ。これがベストな方法だった。全人類が殺されてしまうより、ずっといい」


「わたくしはそう思いません。教えてくださらないので、事情はまったくわかりませんが、今のこの世界は気に入りません。それに、何より気にいらないのが――」


「魔族?」


「わかってるじゃないですか」


 筋金入りの魔族嫌いは、共に旅したライハが一番よく知っている。

 今日のデート中も、魔族とすれ違うたびに彼女の顔から笑顔が消え、かわりに殺気をほとばしらせていた。


「魔族が支配する世の中なんてゴメンです。断固拒否です」


「封印、ダメ?」


「ダメです。どうしても、と言うのなら、力ずくでどうぞ」


「……はぁ、仕方ないなぁ。じゃあ、デートはここまでだね」


 すっ、と立ち上がり、ライハは深いため息をついた。


「今日はもう疲れたから、また明日で。……世界のために、力ずくでもリフレを封印するよ」


「えぇ、望むところです。納得するために、力ずくでも事情を聞き出します」




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