31 デート
「どうよ、この街並み。アタシ的にはかなり再現ポイント高めなんだけど」
「そう……ですね。かつての王都と似ていると思います」
石畳で舗装された広々とした道、居並ぶ商店と行き交う人々。
見上げれば抜けるような青空。
カフェテリアのテラス席に腰かけて、リフレが見守る光景はたしかに平和そのものだった。
ここはグフタークの治める雲上第二区。
雲上四区は選ばれたほんの一握りの人間が住む、滅びる運命の文化や人間社会を保護する目的で作られた人工の浮遊島だ。
設計者はもちろんロークである。
「でしょー? この店もかなりいい味出してるから、楽しみにしててよ」
正面に座って楽しげに笑うライハは、一見するとかつての彼女のまま。
108年前に戻ったのではないかと、あり得ない錯覚までしてしまう。
「え、えぇ……。しかしあの……、なんでしょうか、先ほどの注文は……」
「驚いたよね。当然ココも魔族が支配する地区である以上、絶望を採取してるわけだけど――」
「お待たせしました。デザート抽選C賞、ショートケーキになります」
「お、来た来た」
ウエイトレスが持ってきたのはなんの変哲もない、白いクリームとイチゴのショートケーキ。
しかしライハはショートケーキの注文をしていない。
「こちらはデザート抽選D賞、バタークッキーです」
「どうも……」
リフレの前にはこんがり焼きたてのバタークッキー。
これもごく普通のクッキーではあるが、リフレはクッキーの注文をしていない。
どちらもデザートとだけ頼み、事前にくじを引かされただけ。
「ごゆっくりどうぞ」
ぺこりとお辞儀をして去っていく店員を見送り、首をかしげつつフルーツジュースを飲む。
こちらも注文したわけではなく、飲み物抽選くじを引いた結果、勝手に出てきたものだ。
「どうかな、コレが絶望の採取方法。この地区ではほとんどの買い物でくじを引かされるんだ」
「くじを……」
「そうして得られるのは『求めるモノを手に入れられない絶望』。と言っても、こうしてたまの運試しをする分には面白いでしょ?」
「……」
くじ引きで引いた紅茶をすすりながら、ライハが同意を求めてくる。
が、リフレはどうにも首を縦に振れなかった。
「……平和に見えて、やはりこの街も魔族によって歪められているのですね」
「やっぱイヤかー。まぁそうだよね、イヤだろうね」
「ライハ、答えてください。あなたがライハのままだとしたら、なぜこのような世界を作ったのですか。理由を教えてください。わたくしはそのために、あなたに会いに来たのです」
「アタシだって、リフレに話があるから来たんだ。あせらなくても時間はたっぷりある。たくさん語らおうよ」
(ライハの、話……。先ほど言っていたことですね……)
これ以上魔族を殺さないでほしい。
ライハはたしかにそう言った。
魔王という立場からの願いなのか、それともこの世界を作った理由と関係しているのだろうか。
「では違う話題を。お師匠様とニルの安全は保証されていますよね?」
この地区にいる間、二人はひとまずグフタークの屋敷に滞在することとなった。
だが、ライハは信用できても他の魔族は信用できない。
「……他の人の話? せっかくあたしといるのに」
自分以外の名前を出されて、露骨に不快な色を出すライハだが、
「心配しなくても大丈夫。きつーく命令しておいたし、そうでなくてもあの婆さんバカみたいに強いじゃん」
すぐに笑顔を作ってそう答える。
「えぇ、そうですね……」
もちろん不安がないわけではないが、師匠の強さとライハを信用するしかないだろう。
グフタークは瀕死の重症を治療するために今は動けない。
そんな状況で魔王の命令に歯向かう魔族など、存在しないはずだ。
「それにしてもさ、大聖母。あの人生きてたんだねー、ビックリだよ」
「え、えぇ、わたくしも驚きました」
「とっくに死んだモンだと思ってたよ。まったく、ホントに人間かよっての」
うんざりした様子で悪態をつくライハ。
彼女の口ぶりから、ひとつ気になっていることがある。
「あの、80年前に魔族の大侵攻があったんですよね。人間が力を失って……」
「よく知ってるね」
「……わたくしも色々と情報を集めましたから」
諸々の情報はロークに教えてもらったわけだが、彼の名前は出さない方がいいだろう。
「……そう、ご存じの通りだよ」
ライハの表情に影が差す。
当時、大勢の人が命を落としたはず。
そのことに心を痛めている風に見て取れるが、目はそらさずにリフレをまっすぐ見つめたまま。
責任から逃げるつもりは欠片も無いのだろう。
しかし、今のリフレの疑問はそこではない。
「その時、お師匠はなにをしていらしたのですか? ライハの前に立って戦ったのですよね?」
いくら師匠が不殺の誓いを立てていたとしても、人類存亡の危機までをも静観するとは考えにくい。
魔族軍と戦い、その時に行方知れずとなったのだろう、リフレはそう考えた。
……が。
「知らない」
「……と、言うと?」
「ホントに知らない。大侵攻の時、あの人の姿はおろか名前すら聞かなかった。だからアタシ、てっきりどっかで死んだものだと思ってたんだ」
「お師匠さまが……、なにもしていなかった……?」
これはいったいどういうことなのか。
人類を見捨てたとでもいうのか。
(……いえ、お師匠さまに限ってそんなはずは……! きっとやむにやまれぬ事情があったか、人知れず人助けに奔走していたか。そのどちらかに決まってます!)
「……難しい顔してるねー? せっかくのデートなんだからさ、もっと笑おうよー」
リフレの両のほっぺをつまみ、ぐにーと引っ張るライハ。
リフレが「ひゃめてくらはい~」と抗議すると、彼女は手を離しつつケタケタと笑った。
その様子が可愛らしくて、リフレも思わず笑ってしまう。
「お、やっと笑ったー」
「ふふっ。……あなた、本当にライハなんですね」
こうして会って、落ち着いて面と向かって言葉を交わして改めて実感する。
彼女はまぎれもなくライハだと。
そうして和やかな談笑を交わしつつ、抽選デザートを食べ終えると、
「さ、デートの続きといこうよ。この先、いい所があるんだ」
「あ……」
ライハはリフレの手を取って引っ張りながら、駆け足で店を出ていく。
その快活な姿に、かつてのライハが重なった。
(この子は紛れもなくライハ。……だからこそ、知らなければならない。どうしてわたくしを封印したのか、魔族を束ねる魔王となったのか)
ライハだからこそ、理由を知って、考えて、その上で道を選ばねばならない。
それがたとえ、彼女と戦う道だとしても。