03 いるはずのないあの子
「なんなんだ、あの人間は……!」
「銃弾が効かない、まるでバケモノだ……!」
廊下に横一列にならんだ魔族たちの持つ、筒状の武器から放たれる弾丸。
嵐のような弾幕の中を、リフレは平然と歩いていく。
効いていないわけではない。
攻撃は確実に、彼女の服を、肌を、肉を削ぎ、つらぬいている。
傷ついたそばから、全てのダメージをオートヒールで高速再生しているだけなのだが、彼らは知るよしもない。
「面白そうなアイテム、持ってますね」
にこやかな笑みを浮かべ、おだやかな物腰で歩み寄ってくるリフレに、魔族の一人がすくみあがった。
その瞬間、彼女は一気に間合いをつめて手にした武器を奪い取る。
「あ、俺の魔銃……」
「魔銃というのですか。ここを引いて使うのですね」
見よう見まね、奪った魔銃の銃口を元の持ち主にむけて引き金を引くと、彼女の魔力を変換した銃弾が撃ち出され、
「ぎぁっ!!!」
自らの武器に脳天を撃ち抜かれた魔族の、短い絶叫が響き渡った。
「なるほど、持ち主の魔力を弾丸に変換して放つのですか。なかなかいい発明です。どなたが作ったのでしょう」
脳天に小さな穴を開けた敵の死体をにこやかに見下ろしながら、リフレは短い銃身をなでる。
その様子にぼうぜんと立ちすくむ魔族たち。
やがてその中の一人が、
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げて武器を放り出し、その場から走り去った。
それを皮切りに、
「か、敵わない、殺されるぅ!」
「ダメだ、俺たちなんかじゃダメだぁ!」
その場の全員の心がへし折れ、散り散りに逃げ出しはじめる。
「まさか、魔族のだれかが作った、なんてことはないでしょう」
しかしリフレは逃がさない。
逃がすつもりがない。
魔族は見つけ次第、一人残らず殺すと決めている。
「おごぉぉぉ!!」
逃げまどう魔族の腹を後ろから手刀でブチ抜き、
「あがっ……!」
あるいは心臓をわしづかみにしてえぐり出し、
「ひぃ、こ、こいつはどうなってもいいから俺だけは……!」
「ふざけるな! お、お願いします、俺の方を助けて! 金ならいくらでも――ぎあ!」
「ぐあっ!」
あるいは仲間を盾にして命乞いする魔族たちの脳天に、順番に風穴をあけた。
一分も経たない間に、その場にいた全ての魔族は屍と化し、黒い粒子となって消えていく。
「……だって魔族はこんなにも醜い。罪のない人々を苦しめ、自分が助かるために仲間を平気で売る。生き物未満の老廃物のような存在。そんな魔族がなにかを生み出すなんて、あるはずないですもの」
彼女が浴びた返り血も消滅し、その場に魔族がいた痕跡はもう服と武器だけ。
リフレは魔銃をふところにしまい、
「これと、もう一つもらっていきましょう。なにかに使えるかもしれません」
さらに一つ拾い上げると、
「さて、魔王さんのお部屋まであと何匹、魔族が邪魔をするのでしょうか」
廊下の先へ笑顔をむけた。
その先から、コツコツと足音をひびかせて一人の魔族が歩いてくる。
「一人だ」
「一匹ですか。楽でいいです」
「私が貴様の死だ、と言っているのだが。失礼、伝わらなかったかな?」
赤い短髪の魔族の女は、リフレを前にまったくひるまず両刃の剣を抜く。
骨のありそうな相手を前にして、聖女は両目を細めた。
「魔王様が片腕、グフターク。あの方に仇成さんとする侵入者よ。我が剣の錆と散れ」
「あらあら、魔族の蟲が騎士ごっこ。滑稽ですこと」
「……参る!」
動じず、ひるまず、一気に間合いをつめるグフターク。
目覚めて以来初めての、蹂躙ではない戦闘の予感にリフレもかまえるが、
「さわがしいね。何があったのかな?」
「――え?」
グフタークのさらに後ろから聞こえた、聞き覚えのある――あり過ぎる声に、彼女は動きを止めてしまう。
時間にして一秒足らず、その隙は戦いにおいてあまりに長かった。
容赦なく振るわれた刃がリフレの脇腹に食いこみ、
「あ゛っ……!」
ブオンッ!
そのまま振り抜かれる。
刀身は腰骨にまで届き、両断こそされなかったものの、彼女の体を吹きさらしの外へと弾き飛ばした。
(しまっ……、わたくしとしたことが……)
城外へ放り出され、黒いモヤにつつまれた最下層へと真っ逆さまに落ちていくリフレ。
遠ざかっていく吹き抜けの廊下を見上げながら、あの子の声とよく似た声に気を取られてしまった自分の不覚を歯噛みして悔やむ。
(あの子がいるはずがないのに……。あの子はとうの昔に――、……っ!?)
その時、見知った顔が廊下から顔を出す。
こちらを見下ろすその顔を、見間違えようはずもない。
「ライハ……?」
つぶやいた声は風に消え、リフレの視界はぶ厚い黒にさえぎられた。
一方、魔王城の廊下では、黒いモヤの中に消えていくリフレの姿をこの城の主が見下ろしていた。
「魔王様、およろこびください。このグフターク、あなた様のために振るった刃にて侵入者を討ち果たしゴブッ!!」
ひざまずき、功を誇ったグフタークの顔面にヒザ蹴りが入れられる。
さらに、鼻から緑色の血を垂れ流して倒れこむ部下へと、
「なぁにやっちゃってくれてるのかな、このッ!」
ドゴッ、ドガッ、ゴスッ!!
「あたしのッ、大事なッ、大事にしてたのにッ!!」
ガッ、ドスッ、ゴシャッ!!
魔王は何度も何度も腹部に蹴りを叩き込んだ。
「……はぁ、はぁ、はぁっ」
「がっ、げほっ、オエッ! ま、魔王様がぁっ! ぶっ、魔王様がその瞳に私のみを映し、私のためにそのおみ足をッ!」
鼻血と血へドをまき散らしながら、歓喜に満ち満ちるグフターク。
その様子に魔王は制裁を止め、顔をしかめながら背をむける。
「……チっ、気持ち悪。それとさぁ、なんか勘違いしてるみたいだけど。あの子はこの程度じゃ死なないよ」
「は、はっ、なんと、それゆえの折檻でしたか! なればこのグフターク、すぐさま追撃の任へと――」
「必要ない、もうお前は何もするな。あの子は――あたしが迎えにいく」