29 合流
「情けないですねぇ、たかが腕の一本で。わたくしの手足、何回持っていかれたと思っているのです?」
「あっ、ぐ、ぎぃぃぃぃいぃぃ……!!」
武器を失い、腕をもぎ取られて、足をガクガクと震わせるグフターク。
痛みに歯を食いしばり過ぎたのだろう、口の端から緑の血が一筋垂れる。
「殺しはしません、安心してください。先ほど申した通り、ライハを呼ぶためのエサになってもらいます」
「あ゛ああぁぁ……、ぐ、ふ……っ、ふざけるな、この程度、で……ッ」
心はかろうじて折れていなかった。
ライハの名前を出されたことで、ギリギリで踏みとどまる。
「魔王様に、は……っ、絶対に、会わせない……ッ! お前は、危険……、過ぎる……っ!」
残った左腕を傷口から離し、握り拳を作るグフターク。
フラフラの足取りで殴りかかろうとするが、
「一本じゃ足りませんでしたか。では――」
ガシッ。
「え――」
先ほどと同じく、無造作に左肩と手首がにぎられ、
ブチブチブチィ!
「ひっ、ぎあああ゛ああぁぁぁぁ゛あぁぁぁぁぁぁぁあ゛あぁぁっ!!!」
同じように引きちぎられる。
「あ、が、は……っ」
そのあまりの激痛に、とうとう限界が来たのだろう。
グフタークは白目をむき、ドサリ、うつ伏せに倒れた。
「……ふぅ、終わりましたね。さて、一応死なないように止血です」
オートヒールをかけて腕を生やすことも可能だが、起きた時が面倒だ。
シックスの遺した服を拾ってビリビリに引きちぎり、わずかに残った二の腕に強く絞めつける。
魔族の耐久力なら、この程度の応急処置で充分に耐えられるだろう。
「さて、お師匠さまとニルはどうしているでしょう」
3000メートルの高みへ続く螺旋階段を見上げ、リフレは二人の身を案じる。
師匠に限って万一のことなどありえないだろうが。
「あまり心配かけたくないですし、早めに合流しましょう」
意識を失ったグフタークを担ぎ上げて、リフレは対岸の螺旋階段まで飛び上がる。
そのまま同じように対岸へ、対岸へと三角飛びのようにして飛び移り、またたく間に上がっていった。
最上段近くまでやってきたリフレが目にしたのは、階段を埋め尽くすように倒れるおびただしい数の魔族たち。
軒並み意識を失っているが、どうやら全員まだ息があるようだ。
「これは……」
誰がやったのか、考えるまでもない。
おおかた足止めのために差し向けられた魔族兵を相手に、師匠が大立ち回りを演じたのだろう。
「……あの人、やっぱり殺していませんか。甘いと言いますか、無駄なコトにこだわりますよね」
「聞こえてるよ」
「ひゃいッ!」
真後ろから聞こえた声に、リフレはビクンと跳ねながら振り返る。
気配を感じさせず背後に回り込まれるという希少な経験に、彼女の心臓がバクバクと脈打った。
「お、お師匠さま……、よかった、ご無事で何よりです……」
「ふん、調子のいいことだね」
先ほどの軽口を聞かれていたためか、師匠の機嫌はイマイチ。
肩にかつがれたままキズ一つ負っていないニルも、なんだか不満げだ。
「リフレ……。お師匠、魔族殺さなかった……」
「あぁ……。この人じつは、可能な限り殺しをしないようにしてるんです」
「殺しを……? 魔族相手でも……?」
「そうです。理由はよく知らないのですが……」
魔王討伐の旅に同行しなかったのも、この縛りが関係している。
宗教上の問題ではないだろう。
少なくとも若いころは、殺しを嫌がるようなことはなかったはず。
(わたくしを引き取ってから、ですよね。事実、わたくしの両親も師匠によって討伐されたわけですし……)
もしかしたら、その件が関係あるのだろうか。
いろいろと思考を巡らせるも、
「余計なことまでペラペラしゃべんじゃないよ」
師匠がさらに機嫌をそこねてしまったため、ここまでにしておいた。
怒らせたら何より恐ろしい存在であることは間違いないのだし。
「……で、そう言うアンタはどういう風の吹き回しだい。魔族を生け捕りにしてくるだなんて」
肩にかついた無残な姿のグフタークに、師匠の目がむけられる。
たしかに、リフレが魔族を殺さなかったことの方こそ驚きだろう。
「呼び鈴です。雲の上に行ったら、コレを使ってライハを呼び出してもらいます。それまでは生かしておこうかなぁ、と」
「……んん、アンタにしちゃ冷静、なのかねぇ」
ものすごく複雑な表情の師匠の肩の上、またも不満げな表情を浮かべるニル。
リフレまでもが魔族を殺さないことにフラストレーションを貯めてしまっているようだ。
(これは……いけませんね……!)
師匠はともかくとして、ニルにはフォローを入れておかなければと素早い判断を下したリフレは、
「ニル、聞いてください。面白い話をして差し上げます」
「……なに?」
他に魔族が二人いたことと、どのように惨殺したのかをこと細かに説明。
詳細なスプラッタ描写にニルはみるみる目を輝かせ、反対に師匠は苦虫を噛み潰したような顔に変わっていった。