27 蹂躙
真っ逆さまに落下し、頭部が粉々にはじけ飛んだフォーデ。
彼の死体をクッションにして落下の衝撃から逃れたリフレが軽やかにジャンプし、
すとっ。
「んん、地に足が付くって、やっぱりいいですね」
無事に着地。
70秒ぶりの地面のありがたみを堪能する。
「ウソ……。ウソでしょ……。フォーデがやられた……」
「ぼんやりするな、シックス! まだ負けたわけではない!」
百メートルほど上の螺旋階段から飛んできたグフタークの檄に、シックスは我に返った。
「そ、そうだし。あんなヤツ死んだって大したことないし、まだ策がないわけじゃないし!」
カベにはりついたまま、彼女は魔力を高めていく。
そして、下方にむけて両手を突き出し、
「腐り落ちちゃえ! 腐敗の血霧!」
叫ぶと同時、発生した赤い霧がリフレを、フォーデの死体を、最下層をまるごとつつみこむ。
この霧には瘴気が込められており、吸引せずとも表皮から侵入、物理的に細胞膜を破壊する。
肌に触れたが最後、全身から血を噴き出しながら腐り落ちていく、彼女の最大の技。
味方がいる状況では使用できない上に自爆の危険性があるが、グフタークも自分も上にいるこの状況では関係ない。
「へへ……、どーよ! 滅多に使わないウチの大技! これでも殺せないだろうけど、苦痛のあまり意識が飛んで――」
ゴっ!
「え――??」
霧の中から猛烈な勢いで飛び出した何かの姿をとらえた瞬間、シックスの腹部に耐えがたい激痛が走る。
「が、ごぽっ……!」
リフレに腹部を殴られたと理解したのは吐血と同時。
続いて繰り出されたパンチで横っ面をぶん殴られ、彼女も螺旋階段まで吹き飛ばされた。
「あ、ぐ……っ、ごほっ……!」
「お次はあなたですか。ずいぶんと好き放題にやってくれましたよね。大変鬱陶しかったです」
「ひ、ひぃ……っ」
壊死した部分を急速再生させながら、天使のような笑顔でゆっくりと歩み寄るリフレ。
グフタークが駆けつけようとしている姿が視界に入るが、とても間に合わない。
フォーデの死にざまを思い出し、次は自分がああなると理解してしまった彼女には、
「ゆ、ゆるして……、殺さないで……」
奥歯をガチガチと鳴らしながらの命乞いしか残されていなかった。
「……あなた、南区長さんですよね?」
「ど、どうしてそれを……っ」
リフレはロークから、南と東の区長の特徴を聞かされている。
先ほど殺したのが東区長、目の前の女が南区長だということも承知していた。
「ご老人方を苦しめて、味わう絶望はおいしかったですか?」
「も、もうしない……。もうしないから……」
「ウソですね。魔族は平気でウソをつきます。自分が助かるためなら仲間も簡単に売る。だから、殺すしかないんです」
「あ、あぁぁ……っ」
本物の絶望をもたらす暴威の化身を前に、もはや助かる術はないと悟ってしまったシックスは、恐怖に打ち震えながら絶叫した。
「た、助けて……! グフっち、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
ズドッ!!
「あ゛――」
手刀で心臓をつらぬかれた瞬間、叫びがプツリと途切れ、彼女の体から力が抜ける。
リフレは人形のように動かなくなった体を無造作に投げ捨てると、
ガギィィッ……!!
背後から斬りかかるグフタークの剣を、魔銃の銃身で受け止めた。
「貴様……! よくも……ッ!」
「かわいそうに。あっという間に、あなただけになってしまいましたね? ですがご安心を」
おだやかに微笑みつつ、銃を回転して刀身を根本まで滑らせ、グリップに鍔を絡ませる。
そして、もう一つの銃を突きつけ、
「あなたもすぐに、救済して差し上げます」
タァン!!
眉間にむけて発砲。
しかしグフタークは上体を大きく後ろに反らし、銃弾は彼女の鼻先をかすめていく。
さらにリフレの胸元へ蹴りを放ち、反動で飛び離れた。
「魔王様の右腕たる我が命、安くはないぞ。そう簡単にくれてやると思うな」
「……あら、そうでしたねぇ。あなたはライハの側近さんでしたっけ」
いいこと思いつきました、と言わんばかりに、リフレはポンと手を叩く。
「では、あなたのことは殺しません。死なない程度に半殺しにして、ライハを呼び出す口実になってもらいましょう」
「……なに?」
リフレの口からライハの名前が出た瞬間、グフタークの眉がピクリと動く。
「貴様、魔王様に会おうとしているのか」
「えぇ。会いたくて会いたくて仕方ないんです。雲の上を目指してしまうほどに」
「目的はなんだ……!」
「わたくしの目的ですか? 最終目標は魔族の支配するクソみたいな世界をブチ壊すことです。その前提として、ライハに会って確かめたいことがあります。そのために雲の上を目指しているのに、あなたたちが邪魔をするから――」
そこで区切ると、リフレは「はぁ」と小さくため息をつき、
「みんな、死ぬことになるんですよ?」
ぐるりと、周囲の『モノ』へ順々に視線を飛ばす。
事切れて黒いチリに変わっていくシックスの亡骸を。
最下層に横たわるフォーデの服と黒い灰を。
そして、目の前のグフタークを。
「ご理解いただけました? でしたらもう、ムダな抵抗はやめましょう? ね?」
「……よーく理解した。貴様は危険だ。魔王様に会いたいならば、眠ったままでいてもらおう」




