26 70秒間の死闘
「リフレ・セイヴァート。魔王様がお望みだ。お前には今すぐ魔王城へ戻ってもらう」
「お断りです。意識が無いうちに封印するつもりでしょう?」
魔王城以来の遭遇となったグフタークに、リフレはほほ笑みながら静かに殺意を燃やす。
「……しかし、変わった乗り物にお乗りですねぇ。ペットですか?」
グフタークの乗る、鳥のようなシルエットの魔族。
もちろん彼はペットでもなんでもなく、
「ヒヒ……、ペット扱いは心外だねぇ……」
雲下東区長、フォーデ。
彼の戦技は『獣氣顕現』。
魔力をあらゆる動物の形に具現化させて己に纏う技。
それを用いて鳥の翼を実体化し、リフレと同速で急降下の最中にある。
「……それと、もう一人いらっしゃいますね」
チラリと後ろに目をむければ、カベを走りながらこちらに近づいてくる金髪の女魔族、南区長シックスの姿。
彼女は懐からナイフを数本取り出し、
「はい、プレゼントふぉ~ゆ~っ☆」
リフレにめがけて投げつけてきた。
シックスの持つ戦技は『瘴氣招来』。
生物に有害な物質を魔力から生成し、武器に付与して攻撃することができる。
今回ナイフに込めたのは強烈な劇毒。
わずかでも掠れば体の自由を奪われ、無防備で床に叩きつけられるのだろうが、
「いりません、返します」
パシッ。
リフレは指の間で、自分の肌を傷つけることなく全てのナイフを挟み込み、逆に投げ返した。
カカカッ!
「うわ、あっぶな!」
カベ走りしながらのバック転という、明らかに重力を無視した動きで回避するシックス。
彼女は魔力をコントロールして手足に張り巡らせ、壁面に吸着させる特殊なスキルの持ち主でもあった。
「あらあら、カベをカサカサと這いまわって。カラスの次はゴキブリとは、ここはゴミ捨て場なのでしょうかね」
「むっかっつっく! だーれがGだって!?」
「聞こえませんでしたか? あなたで――」
「いつまでそちらに気を取られている?」
ヒュバッ!
急接近したフォーデの背中の上、騎士剣を振りかざしたグフタークの鋭い斬撃が迫る。
リフレは体を回転させ、剣の側面に蹴りを放って軌道を逸らし、
「隙あり、とでも思いましたか?」
バキャッ!!
もう一方の足でグフタークの横っ面を蹴りつけた。
「がっ……!」
強烈な一撃にのけぞるものの、落下には至らず。
本来ならば首を飛ばしていたほどのクリーンヒットだったが、踏ん張る場所のない空中での蹴りは威力を弱めていた。
「残念でしたね。こんなに有利な状況を作られましたのに、軽くあしらわれて」
余裕たっぷりの笑みを見せるリフレ。
だが、楽観視できない危機的状況には変わりない。
雲の上ほどの高さまで続く螺旋階段のほぼ頂上、リフレが落下した地点から地表までの距離は約3000メートル。
地面にぶつかって戦闘不能になるまでの時間、おおよそ70秒。
一連の攻防で、すでに制限時間は半分を過ぎている。
残り30秒足らずで魔族の精鋭三人を落ちながら倒すなど、到底不可能に近い。
――と、三人の魔族は思っていた。
「あんま図に乗るなよ……! シックス、俺らを援護しろ……!」
「フォーデの分際でウチに命令すんなし」
悪態をつきながらも次々に瘴気を込めた短剣を投げつけるシックス。
リフレがその対処に追われる隙に、
「グフタークさん、やりますよ……。武装顕現・一角鯨……!」
フォーデは自らのフォルムを大きく変えた。
猛禽のようなシルエットはそのままに、顔の前面に形成されていたくちばしが長く細いドリルのような形状へと変化。
極寒の海を泳ぐイッカククジラの角を具現化し、リフレを串刺しにする魂胆だ。
「あぁ、一息に決める!」
彼の上に立つグフタークも、殺気をみなぎらせて直立し剣をかまえる。
不安定な足場にも関わらず、その体幹はまったくブレることがない。
「今度こそ、終わりだッ!」
ギュンッ!
残像が残るほどの勢いで、急速突進をしかけるフォーデ。
彼の攻撃がそのままリフレをつらぬけば、生じた隙にシックスのナイフが突き刺さり、込められた瘴気が彼女の動きを止める。
万が一回避されても、空中での回避動作には無理が生じるはず。
その隙にグフタークの剣によって斬り裂かれ、どのみち同じ運命を辿る。
体の自由を奪われ、そのまま地表に激突するだろう。
「どちらにしろ、お前はここまでさ……、ヒヒヒヒ――」
ストっ。
「ヒッ……?」
突進の最中、頭部に感じた違和感。
フォーデの視線が上方へとむけられ、
「ヒィィィィィッ!!!?」
自らの額に突き刺さるシックスの短剣を目にして、恐怖の声を上げる。
敵の突進に合わせて、リフレは一本の短剣をキャッチ。
瘴気のこもった刃に触れないまま、フォーデの額へと投げつけたのだ。
高速で突進していたフォーデには、この反撃に対し回避はおろか反応すらできなかった。
「ヤバい、ヤバいヤバいヤバイ! 瘴気が、瘴気がぁぁあっ!!」
「バカ者が! 落ち着けフォーデッ!!」
猛毒の瘴気を額に受ければ、すぐさま脳に毒が回って死に至る。
眼前に迫った死の恐怖にパニックを起こし、空中制御が不安定に。
「まっず! さっさと解除しなきゃ……!」
シックスにも動揺が走り、攻撃の手が止まったその一瞬を見逃すリフレではない。
フラフラと突進してくるフォーデとのすれ違いざま、
「その乗り物、乗り心地はいかがですか?」
「しまっ……!」
ドギャァッ!!
空中で回転し、その勢いを乗せた拳がグフタークの顔面をとらえ、彼女をフォーデの背中から吹き飛ばした。
「ちょっとお借りしますね」
「ぐっ……!」
壁面まで吹き飛ばされ、背中から叩きつけられて、螺旋階段になんとか着地するグフターク。
一方、フォーデの背中に乗ったリフレは彼の後頭部をわしづかみに。
「ちょうど欲しかったんですよ、落下用のクッションが。もうすぐ地表ですし……」
「ひぃぃいやああぁぁぁぁぁ!! 降りろ、降りて、降りてええぇぇぇえぇぇ!!」
フォーデは空中での制御を失い、翼を無様にバタつかせながら真っ逆さまに落下していく。
迫りくる床に、彼の目には涙がにじみ、
「嫌だぁ、死にたくないぃぃ!! 戦うつもりなんてなかったのにいいぃぃぃぃ!!!」
グシャァぁっ!!!
恐怖に引きつったその表情は、落下の衝撃によって血肉と共に四散した。
「ふふ……っ、まずひとり♪」




