21 塔へと至る道
「というわけで、ローク。雲上へ出る道を教えなさい」
「んー……、嫌だ!」
「……今なんと?」
なに抜かしてんだコイツ、と言わんばかりに本気の殺意を込めた目でにらみつけるリフレ。
しかし変人魔族は一歩も引かず。
「順序立てて説明しよう。まず第一にキミは希少な研究サンプル。80年前に人類の身に起きた大異変を解明できるかもしれない手かがりだ。そんなキミをみすみす雲上に行かせると思うかい?」
「……思いませんね。メリットがありません」
「そうだろう。第二に、僕の目標はこの世の秘密を知ることさ。キミが魔王様を殺す可能性が少しでもあるのなら大変よろしくない。魔王様が殺されれば、魔族である僕も死んでしまうからね。全てを知ったあとならいくらでも死んであげよう、だがまだ死ぬわけにはいかないんだ」
「なるほど、よぉくわかりました。つまり今死にたいと。では殺します」
「ちょっと待ちな!」
攻撃態勢にうつったリフレを大聖母が止めに入る。
先ほど殴った時と違い、本気の殺意をリフレから感じたようだ。
「上に行くためにロークの協力は不可欠だ。今コイツを殺せば、ライハへの距離はうんと遠くなるよ。ガマンしな」
「……不服ですが、了承しました」
「まったく……。ちっとは変わったもんだと思いきや……」
「改めたのは憑魔に対する考えだけです。魔族が薄汚く、生きる価値のない生き物未満のこの世の排泄物だという認識は一切変わっていません」
長年の間そう信じてきて、実際に魔族の暴挙と醜さを数多く見てきたのだ。
見つけ次第魔族を殺す、根絶やしにするというリフレのこの考えは、まったく変わっていない。
そもそも変える必要もないものだった。
「はぁ、やれやれ……。ま、それでこそリフレかね」
肩をすくめつつ、殺意が引っ込んだことを確認して離れる。
一方、空気を読めない魔族はというと。
「うむ、理解してくれたかな? いいかい、交渉というものはお互いに利益が発生するように――」
またもペラペラと舌を回し、リフレの神経を逆なでするようなセリフを吐き出し始めた。
マザーが額に手を当てて、頭痛をこらえるようなしぐさをする中、またも殺しにかかるかと思われたリフレだが。
「御託はよろしい。あなたの研究とやら、具体的には何をどう手伝えばよいのです」
「おや、協力してくれる気になったのかい!?」
意外にも見せた協力的な態度に、ロークはもちろん師匠も驚きの表情を見せる。
「殺してはいけないのでしょう。でしたら協力して、その見返りに雲上へ行く手伝いをさせる。一番賢く手っとり早い方法です」
「いやはや、話がわかるねぇ。協力というのはね、僕にキミの体の一部を調べさせてほしい」
「はぁ。体の一部とは」
「最重要は血液だね。それから細胞のサンプル、これらは多ければ多い方がいい」
「なるほど。具体的にどの程度の量があれば足ります?」
「そうだね、血液ならコップ5杯分ほど。細胞の方は薄皮一枚を一回分のサンプルとして、だいたい百回分以上は――」
「面倒ですね、これで足りそうでしょうか」
ザシュッ!!
リフレの放った右の手刀が、自らの左腕の肩口からを斬り落とす。
真っ赤な血が噴き出し、左腕が力なく薄皮一枚でぶらりと垂れ下がる凄惨な光景。
師匠とニルが絶句する中、リフレは顔色ひとつ変えずに腕をつなぎとめていた薄皮をブチっと引きちぎり、腕を一本ロークに渡した。
「どうぞ、サンプルです」
「……あははは、こりゃいいねぇ!」
こちらもまったく動じず、むしろ楽しそうに、保存機能を持つ透明な筒の中へと腕を放り込むローク。
一方リフレの腕は、一瞬で再生しすっかり元通りに。
先ほどの名残は床にブチまかれた大量の血痕のみとなった。
「うん、これだけあればキミ本人がいなくてもかまわない。魔王様が殺されるようなことがあっても、その前に解明できるかもね」
「そもそもわたくし、ライハを殺したいなどと一言も口にしていません。結果的に殺さなければいけなくなるかも、と可能性の話をしたまでです」
「可能性が存在するだけで問題なのさ。で、雲上への行き方だったね」
初めて訪れた時と同じく、ロークの操作でドゥッカの立体映像が浮かび上がる。
まず彼が指し示したのは、雲下四地区の中央にそびえる、魔王城を支える巨大な塔。
「雲の上へはここを通る」
「魔王城直通の道ですか?」
「いいや。この塔から直接魔王城へは行けないんだ。内部から雲の上まで登っていけるが、雲上四区を結ぶ通路につながる出口があるだけでそれ以上登っていけない。魔王城に行くためにはさらに――」
「あぁ、その説明は結構です。雲の上に行けるだけで十分ですから」
魔王城に直接乗り込まなくても、雲の上にさえ出られればライハはきっとやってくる。
彼女を呼び出す手段だっていくらでもあるはずだ。
「そうかい? で、この塔に入る方法だけれど、雲下四地区にここへ続く道がそれぞれ四つずつ。もちろんこの西地区にもある。まずはそこから塔の前まで行けるね」
「……北地区に塔への入り口は無かったはずでは?」
「そのはず……。いくら探してもなかった……」
ニルがうなずくと、ロークは口元をおさえて笑う。
「そうだろうそうだろう、僕の作った高度なセキュリティーが存在するからねぇ。まず人間に対しての認識阻害魔法をほどこした、曲がりくねった通路が三つ。次は生体認証付きのゲート。最後に警備についた魔族たちの猛攻をかいくぐりようやく――」
「御託はよろしい、と先ほども言いました。結局のところ入る方法は?」
「生体認証までは、僕が協力してやろう。面倒を見れるのはそこまでだけどね。警備の強行突破はキミの手でしてくれたまえ」
「望むところです。ライハに会うまでに立ちはだかる魔族は、この手で一人残らず殺します」