02 108年後
魔族とは、人の負の感情が凝り固まって生み出される存在。
負の感情を食料として、糧を得るために暴虐、蹂躙、悪逆非道の限りを尽くす。
性質上、人間が存在するかぎり根絶は不可能。
ただし魔王を倒すことで魔族は死滅し、次の魔王が生まれるまでの期間のみ発生を食い止めることができる。
ライハと力を合わせて魔王を倒した以上、一時的にせよこの世に魔族は存在しなくなったはずだった。
「だのにどうして、あなたは生きているのでしょうねぇ……?」
ミシミシミシ……!
白く細い腕からは考えられないリフレの握撃に、魔族の男の頭がい骨から、
「ぎああぁぁぁぁぁぁあ……!!」
そして、男の口からも悲鳴が上がる。
しかし苦悶に満ちながらも、彼の心は折れていなかった。
魔力をこめた手のひらをリフレの腹部に押し当て、
「なめるなぁぁぁ!!」
渾身の火炎魔法をくりだした。
ゼロ距離で火炎弾が命中、爆炎が巻き起こる。
勝利を確信した魔族の男の口角がニヤリとゆがむが、
メキメキメキ……ッ!
「が……っ!」
リフレの握力は、弱まるどころかさらに増す。
爆炎が晴れて、あらわになった彼女の姿もまるで無傷。
「あ、あり得な……っ」
「オートヒール。わたくしの得意技です」
癒しの魔力を流したものを、生物、無生物問わず自動的に、効果の続く限り自動修復し続ける。
それが彼女が最も得意とする回復魔法、オートヒール。
外見にふさわしくないその怪力も、自らの肉体を破壊しないようセーブしている脳のリミッターを意図的に外し、自壊するそばから自動修復することで成立していた。
「しかし不思議ですねぇ。魔王が死んだのにこんな元気な個体が。まぁいいです。どうせ今から殺すのですから」
「魔王……様、が……、死……っ!? な、なにを、いっで……」
「……? 存じ上げないはずがありませんでしょう? 勇者ライハとわたくしが魔王を討伐したことを」
「ゆぅ……っ!? ま、まさか……、お前゛……っ、あの棺に封じられていた゛……っ!」
ここにきて、彼はリフレの正体を悟る。
同時に、リフレが到底自分の敵う相手ではないことも。
死に直面した彼のとった行動は、
「た、助けて……っ、命だけは……」
命乞い、だった。
「……救ってほしいのですか?」
「あぁ、頼むぅ……! か、かわりにさ、アンタなんにも知らねぇみてぇだからよ、いろいろ教えてやるよ……。な? まずは手を離して……」
「…………わかりました。お話してくださるのでしたら、あなたを救済してさしあげます」
まさしく聖女にふさわしい笑みを浮かべ、リフレはスッと手を離す。
命拾いしたことに安堵の息を吐くと、男は起き上がり語り出した。
「ま、まずよ、アンタ何か勘違いしてるぜ。ここはアンタの生きていた時代じゃねぇ」
「……どういう意味でしょう」
「アンタはずっと、棺の中に封印されていたのさ。そうだな、たしか――そう、108年前からだ」
108年。
その数字に、リフレは体を電撃に撃たれたような衝撃を受ける。
(108年……? そんな、それではお師匠様も、ライハも、わたくしの知人友人たちも、もう生きては……)
誰もいない、誰のことも知らない世界に放り出されてしまった言い知れぬ心細さと、大切な人たちがもうこの世にいない事実。
ショックは大きいが、悲しみに暮れている場合じゃない。
これが真実だとするのなら、さらに情報を引き出さなければ。
「……ならば、この時代には魔王が復活している?」
「あぁ、堂々君臨していらっしゃるぜ。偉大なる魔王様がな」
「納得です、あなたという存在に。ではここは新たなる魔王城なのでしょうか」
「ご名答。そして眼下に広がる景色、見てただろ?」
浮き島と地表付近の黒いモヤを指しているのだろう。
リフレは首を縦に振る。
「あの黒いモヤの下には人間が暮らしている。俺らの家畜として飼われているんだ」
「……家畜?」
ポキッ。
聞き捨てならない言葉に、リフレは指を鳴らしながら威圧する。
とたんにヒッ、と小さな悲鳴が上がり、魔族の男は自分の失言を悔いた。
「せ、説明、説明しているだけだ……! 俺は事実を淡々と、アンタのために……」
「……まぁいいでしょう。つまり、さらってきた人々を苦しめて負の感情を引き出し食料源としている、と」
「そいつは正確じゃないな……。なにせこの島の外に、人間は一人もいないのさ」
「……どういう、意味でしょう」
「偉大なる魔王様によって、国……とか言うんだったか? 人間の巣は全て滅ぼされた。世界は魔王様の物になったんだよ。もう80年も前のことだ」
世界が魔王に滅ぼされてしまった。
想像を絶する現実に、リフレの思考は停止する。
目の前がくらくらと回るような錯覚すら覚える。
「ヒ、ヒヒっ、さぁ、アンタの知りたそうなコトは話したぜ? これからアンタがどうするか、俺の仲間たちを殺して回ろうが自由だが、俺のことは見逃してくれるよな? 助けるっつったんだ、まさか聖女ともあろうお方が約束を破るなんざ……」
「……助ける、は正確ではありませんね。正しくは救う、です」
自己保身しか考えず仲間のことも簡単に売る。
目の前の魔族に対し、リフレが抱くのは不快感のみ。
薄笑いを浮かべるその顔に彼女は再び手をのばし、
ガシっ。
わしづかみにした。
「ひ……っ、ひぃ……っ!」
そのままメキメキと、さきほどよりもさらに力を込めて握り込む。
顔面を、頭がい骨ごと粉々に砕くために。
「な゛んで……っ、救って゛くれ゛るんじゃ……!」
「えぇ、救ってさしあげましょう」
「これの゛、どこ゛が……ぁっ!」
「人間の負の感情が寄り集まって生まれた、排泄物同然の生き物未満。そんな存在、殺すことでしか救えないでしょう? ですからあなたを救済してさしあげます」
メギメギメギ……ッ!
「そ゛んだぁ、きゅう゛さい゛、じゃ、な゛」
ぶちゃっ。
頭の前半分がにぎり潰され、緑色の血と青い肉が弾け飛ぶ。
痙攣しながら倒れ込んだ魔族の男の肉体は、やがて黒い粒と変わって衣服とともに風に散っていった。
「死して亡骸も残さない、生物未満の哀れな存在」
この上なく冷たい目をむけ、リフレは歩き出す。
今語られた内容が真実か確かめるために、この城のどこかにいるであろう新たなる魔王のもとへ。




