表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/97

19 小さな変化




「ニル……、あなた……」


 ニルがジャージィを射殺した。

 思いもよらない光景を前に、リフレは言葉を失う。


「アタシのついてきた理由、覚えてる?」


「え、えぇ……。わたくしが魔族を殺すところを見たい、と……」


「なんだ、覚えてたんだ」


 小さくため息をつくニル。

 その瞳はこの上なく冷酷に、ジャージィの死体へむけられていた。


「よかった。魔族を殺す気、失せたのかと思った」


「……なぜ、撃ったのですか?」


「……?」


 リフレの問いかけに対し、少女は心底不思議そうな表情を浮かべる。

 質問の内容も質問された理由も、何もかもがわからない――そんな表情を。


「逆にこっちが聞きたい。リフレはなぜ、そいつを見逃そうとしたの」


「……この方のお母様を思うと、手を下せませんでした。それと……、心までは魔族に変わっていない。そう感じたのです」


「わかんない……。わかんない。どうしてそれが理由になるのかわかんない!」


 タァン、タンタンタァン!!


 物言わぬ屍に、何度も銃弾が撃ち込まれる。

 少女が引き金を引くたびに死体がビクンビクンと跳ね、弾痕から緑色の血が噴き出し、しかし何発銃弾を浴びても、その死体は魔族のように塵となって消えはしない。


「コイツはアタシの地区を仕切ってた魔族……! コイツのせいでアタシたちがどんなに苦しめられたか……、リフレは知らないんだ! なにも知らないくせに!!」


 感情の希薄な――希薄と思っていたニルの、感情をむき出しにした姿。

 魔族が憎くて仕方ない、やり場のない怒りをぶつけ、それでも心が晴れることは決して無いのだろう。

 それが証拠に、少女の瞳からはポロポロと大粒の涙が流れ続けている。


 その姿が、リフレには自らの姿と重なって見えた。

 あまりに痛ましく、目をそむけたくなるような少女の姿を前に、


「ニル……、もう、もうやめてください……!」


 気づけばニルを後ろから抱きしめていた。

 銃声が止み、少女の銃を持つ手が力なくだらりと下がる。


「リフレ……。止めないでよ……。どうして止めるの……。だってコイツ、まだ塵になってない……」


「彼は憑魔……。魔族であると同時に人です、人なのです……!」


「ちがう……。コイツはアタシたちを苦しめてた魔族……」


「もう、もういいのです……。もう十分です……」


「ちがうよ……、だってそんなの……。そんな……、……ッ、離してッ!!!」


 叫びとともにリフレの腕を振りほどき、走り去るニル。

 遠ざかる小さな背中を追いかけられず、リフレはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。


 それから数分ののち


「リフレ、こんな辺鄙へんぴな場所にいたのかい」


「あ、お師匠……」


 その場に音もなく、降ってわいたように大聖母マザーが現れる。


「探したんだよ。まったく、年寄りの貴重な残り時間をこんなに使わせて……」


 ライハからロークへ指令が届いてからというもの、彼女は街のすみずみまでリフレの姿を探していた。

 しかし一向に見つからず、郊外の壁際まで足を延ばしたところ、ようやく発見できたらしい。


「しかし、こりゃまたハデに殺したモンだねぇ」


 まるでハチの巣のような全身穴だらけの死体を前に、口元を覆いながらリフレの顔をうかがうが、


「……アンタじゃないのかい?」


 弟子の沈んだ表情を目にして、なにかを察したのだろう。

 リフレはうなずき、小さな声で答える。


「ニル、です……。決着がついたあと、ロークの渡した魔銃で……」


「……あの子もかなり根が深いねぇ。で、どこ行った?」


「わかりません……。どこかへ走り去ってしまいました……」


「そうかい。ローク管理下のエリアだ、まず危険はないだろうから後で探しに行くとして、リフレ。いったん戻らないかい?」


「……そう、ですね。少々疲れましたし、いろいろと話したいこともありますから。ですがその前に、この方の弔いだけでもさせていただけますか?」


「……かまわないよ」


 弟子の小さな、けれど確かな心情の変化に、老婆のしわくちゃの頬はほんのわずかわずか、ゆるんだ。



 〇〇〇



 屋敷にもどったリフレは、師匠をともなってロークの部屋へと直行。


「おぉ、戻ったかい! いやはや無事でなによりごぼぉ!!」


 ドガシャァァァッ!!


 上機嫌で出迎える軽薄な魔族につかつかと歩み寄り、その顔面に拳を叩き込む。

 棚を倒して転がりながら、ロークは意味がわからないといった様子で顔を上げた。


「い、痛いじゃないか……。僕がなにをしたと言うんだい……」


「聞きたいことがあります。ジャージィにわたくしを襲うよう仕向けたのは、あなたですね?」


「正解。無線で通話してね、君の母をどうこうされたくなかったら一人っきりでキミを襲え、と。ナイスアシストだったろグボぉッ!!」


 ドボォ!!


 転がったままのロークの腹に、さらに蹴り。

 緑色の血が混じった反吐がまき散らされる。


「ぐ……、り、理解できないね……。あやうくキミは四区長に同時に襲撃されるところだったんだ……。それを単独で相手できるようにサポートしてやったのに……」


「理屈はわかります。たしかに単独なら勝てる相手でした。しかし感情面で許せません」


「感情面……。なるほど、ヒトの感情か。じつに興味深い。僕の求めるテーマのひとつだからね……。勉強になったよ」


「それともうひとつ」


「まだ何かあるのかい?」


 服についたほこりをはらいつつ、立ち上がるローク。

 また殴られるのかと若干身がまえるが、今度は拳も蹴りも飛んでこなかった。


「ジャージィのお母さまを……、もし彼女が病に侵されても南地区へ送らないと約束してください」


「彼の母を? キミが? なぜ? それと、南地区のこと知ってるんだね。キミのことだから老人全員南に送るな、と言い出しそうなものだが」


「巨大なシステムなのでしょう。あなたの力でもどうにもならない、巨大な力で動くシステム」


「わかってるじゃないか。そう、老人の南送りは僕の力でもどうにもならない。けれど一人くらいなら、なんとかムリは通せるね」


「それで、返事は?」


「あぁ、了解した。今度は腹に風穴開けられそうだからね」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ