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16  仕事




「また来るんだよ、待ってるからね」


「えぇ、機会があれば是非」


 屋敷の前にて、リフレはニルとともに老婦人の見送りを受けていた。

 親子水入らずの時間を過ごさせたい、そんな思いから早めの退出を提案したのだが……。


「息子さん、本当にいいんですか? せっかくの家族との時間ですのに……」


 当人である彼までもがこの場を去ると言い出したのだ。

 いわく――。


「先ほど説明しただろう。俺は元々この地区に仕事で来ていた。すぐにでも片づけなければいけない仕事だ」


「そうですか……」


「名残惜しいが仕方がない。俺の仕事が、ひいてはおふくろの生活を守ることにつながるのだから」


 こう言われては返す言葉もない。

 せめて親子の別れを邪魔せず見守ることにした。


「お仕事がんばってねぇ。ムリだけはしないように」


「わかってるさ。おふくろも、次会う時まで元気でいろよ」


「もちろんさ。この年になって生きる喜びを知れたからねぇ……。もっと若ければ、もっといろんなことも出来たんだが……」


 表情を伏せた老婦人の体から、黒いモヤが立ち昇ってロークの屋敷の方向へと流れていく。

 こうやって吸い出した絶望をため込み、食料としているのだろう。


(やはり、気に入りませんね……)


 師匠の希望とは言え、とてもあの男に協力する気にはなれない。

 そもそも師匠もどうだ。

 両親についてのあんな話を今さら聞かせて、憑魔になっても人格は変質しないなどと。


(証拠だってありません。100年以上も前の事件ですもの。師匠の出まかせだって可能性も――)


「リフレ、リフレ……」


 ニルにくいっ、とすそを引かれて、リフレは意識を引き戻す。

 どうやら親子の会話が終わったところのようだ。


「ありがとう、ニル。少し考え事をしていまして」


「そう……」


 ぶっきらぼうに返しつつ、まんざらでもなさそうな様子のニル。

 人に感謝されることになれていないのだろう。

 少女の様子にほほえましいモノを感じるリフレだった。


 そうして、三人は老婦人の屋敷をあとにする。

 門を出て、彼女たちの背中が見えなくなるまで老婦人は手をふり続けた。



 屋敷を離れて、リフレとニルはひとまずロークの屋敷へ進路をとる。

 自然、男とは別々の道になると思われたが……。


「……お仕事先、こちらなのです?」


「あぁ」


 いつまでも数歩後ろを歩いてくる。

 気を悪くしないか気にしつつもたずねたリフレに肯定が返され、その後しばらくの沈黙が続く。

 少々気まずい空気が流れる中。


「……そうだ。悪いがお前たち、俺の仕事を手伝ってくれないか?」


「お手伝い……ですか」


「人助けが趣味と、そう言っていただろう。もちろん無理強いはしないが……」


 人助けが趣味。

 老婦人がそうだと思って口にしただけであって、リフレ自身そうでもない。

 人助けを趣味だと公言してはばからないのは――。


(ライハ……)


 老婦人を助けたのも、彼女の真似事だ。

 おばあさんを助けて軟膏をもらったエピソードが頭をよぎって、実行したにすぎない。

 彼女の趣味をなぞることで、思い出の中のきれいなライハを守れるような気がしたから。


 ライハという少女は、何があろうとも自分より他人を優先できるひと。

 彼女を肯定すればするほどに、魔王となった『ライハのようななにか』がライハではないと、否定できる気がしたから。


(こんな時、ライハなら喜んで手伝いますよね)


 どんな仕事を手伝うのか、聞かされてはいないものの、今のリフレに断る選択肢はなかった。


「かまいませんよ、お手伝いします。ニルは――どうします?」


「……てつだう」


 戻りたいなら戻らせよう、と考えていたところ、ニルのこの返事。

 誰かを助ける、という考えに賛同してくれたのだろうか。

 先ほどの行動といい、彼女の変化にリフレは表情をほころばせた。


「礼を言う。こっちだ、ついてきてくれ」



 ロークの屋敷へ続く道を外れ、男は人の少ない郊外へと進路を取る。

 住宅街を抜け、エリアの端の荒れ地を目指して足早に進んでいく。


「こんなところでお仕事が……?」


「ここじゃないとダメなんだ。住民に迷惑がかかるからな。死傷者まで出るかもしれない」


「そ、そんなに危険なお仕事なんですね」


 だとしたら、ニルを連れてくるべきではなかったか。

 先に仕事内容を聞いておくべきだったと、リフレは少々悔いた。


「あの、そろそろわたくしたちにもお仕事の内容をお聞かせくださいませんか?」


 内容によっては、今からでもニルを屋敷に返そう。

 そう判断し、リフレは質問を投げかける。

 しかし男は問いかけに答えず、代わりにその場で足を止めた。


「そろそろ、か……」


 そして、ゆっくりとこちらに向きなおり、


「仕事内容を聞きたいんだったな。簡単だ。リフレ・セイヴァート、アンタを魔王城に連れて帰る。手段は問わない」


 決然と言い放つ。


「……今、なんと?」


「聞こえなかったか? ではもう一度言おう。お前を連れ帰る、魔王様直々のご命令でな」


「…………。……そういえば、まだお名前を聞かせてもらっていませんでしたね。ニル(あの子)のようにお持ちでないと思ってましたが、あるのでしょう?」


「あぁ、自己紹介が遅れたな。俺は八区長、雲下北地区を治める憑魔――ジャージィだ」




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