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14 信じたくない真実




「やぁ、お師匠。どうだい、お弟子さんの様子は」


「かなりのショックを受けてたよ。気晴らしの散歩をすすめたら、ニルと一緒に出ていった」


 ロークの自室。

 ソファに腰かけて紅茶のカップを傾けながら、大聖母グレイトマザーがため息をこぼす。


「ブレない、気持ちが強い。それがあの子の長所であり短所でもある。もうちっと、清濁併せ呑むって言葉を覚えてほしいがね」


「研究への協力など望むべくもなし、か」


「ババアの体を調べるのは飽き飽きかい?」


「まさか。キミの体も未知の宝庫には変わりないさ」


 大聖母マザーの正面に腰かけるローク。

 彼の持つカップの中にはどす黒いドロドロとした液体が入っている。


 人間の絶望を物質化し、濃縮したエキス。

 老人の老いへの後悔から生まれたソレを、彼は喉を鳴らして取り込んだ。


「んん、いい味だ。ほのかな絶望の中に淡い希望が混じっている」


「さっぱりわからないね」


「僕だって、その紅茶という明るいブラウンの液体の何がいいのかわからないさ。だが、先ほどの話は興味深かったよ」


「……アンタ。聞いてたね? 部屋になにかしかけてたのかい」


「この屋敷は僕の屋敷さ。何をしかけようが自由だ。そんなことより、憑魔による肉体の変質に伴って精神の変異は起こりうるのか。大変興味深いテーマだよ。魔王様はもちろんとして、……そうだ、彼も人間だった頃と比べて何か変わったのか、もしくは変わっていないのか。変わっていないとして――」


 話しながらデスクにかじりつき、猛烈な勢いで筆を走らせる。

 こうなっってしまったローク相手では、よほどのことでも起きない限り会話にならないだろう。


「やれやれ、出直すとするかね」


 盗聴の件は後ほど問い詰めることにして席を立つが、その瞬間。


 ピピピピピピッ!


 部屋に鳴り響くけたたましい電子音に足を止める。

 デスクの上に備え付けらえた通信機器が告げる呼び出し音だ。

 空中に浮かぶディスプレイに映し出された発信元は――。


「……魔王様だ!」


「……!」


 ロークの発言を受けて、老婆は素早い身のこなしでどこかへと消える。

 直後、通話回線が開かれ、魔王の姿がディスプレイに映し出された。


「ローク、ご無沙汰。元気してた?」


「これはこれは魔王様、ご機嫌麗しゅう」


「麗しくないんだよね、コレが。大事にしてたモノを無くしちゃってさ」


「無くした。はて、何をでしょう」


「大切な小鳥に逃げられた、ってところかな。雲下北地区で見つけたんだけどさ、ババアが連れていっちゃった」


「なんとご老人! 魔王様の追撃から逃げるとは、お元気お元気!」


「……で、たぶんロークの西地区に逃げたと思うんだよね。アンタんとこ、ジジババだらけじゃん?」


「まぎれるならばもってこい、と。かしこまりました、見つけ次第ご連絡いたしましょう。小鳥の特徴は?」


「リフレって名前の、とっても強くてかわいい栗毛の女の子さ。……あ、そうそう。ちょっと前に、ジャージィにも西地区に探しに行くように頼んどいたんだ。もうすぐそっちに着くだろうから協力して探してね」


「ジャージィ殿が……? えぇ、えぇ、ではさっそく彼と力を合わせましょう」


「あと、見つけても手は出さずに、監視だけつけといて。連れてくる時は区長四人で協力してかかること」


「なんと、そこまでの相手ですか! いやはや興味深い。ご命令、承りました。さっそく捜索開始といきましょう」


「捜索開始もジャージィを待ってからで頼むよ。――ロークだけじゃ、ほんのちょっぴり不安だからさぁ。……それじゃ、またねっ」


 通話が切れると同時、大聖母マザーが再び姿を現す。

 ロークは彼女と顔を見合わせ、大きく首を横にふった。


「まいったねぇ、お目付け役にわざわざ隣の八区長を寄越された。ぜんっぜん信用ないなぁ、僕」


「普段の行いかね。さて、残念ながら長居できそうになくなったねぇ。ちょっくらあの子たち、探してくるよ」


「あぁ、僕も手を打っておこう。ジャージィ君にはほんのちょっぴり、貸しがあるからね。そいつを利用させてもらうよ」



 〇〇〇



 雲下西地区の風景は、たしかに北地区とまるで異なっていた。

 空こそぶ厚い黒雲に閉ざされているものの、ならぶ邸宅の立派さは目を見張る。

 まるでかつての王都の一等地。

 道路も石畳で舗装され、不潔さをまるで感じない。


 道行く老人たちはみな幸せそうな表情を浮かべ、付き添う介助役の魔族たちも貼り付けたような笑顔を浮かべている。

 時おり老人に『今が幸福ですか?』とたずねては、老い先短い絶望を引き出している様子。

 表面だけを見れば幸せそうではあるが、いびつな何かを感じずにはいられなかった。


「やはり反吐が出ます……」


「……ねぇ、リフレ怒ってる? それとも困ってる?」


「…………」


 後ろを歩くニルの質問に、リフレは答えを返すことができない。

 もちろんこの街に対しての怒りや嫌悪を感じているが、彼女の心を乱しているのはそれだけではない。


 師匠から聞かされた両親の真相。

 それがどうにも引っかかり、行き場のない苛立ちと戸惑いを生んでいた。


(両親が、正気だった……? そんなはずありません)


 師匠が言うには、両親が村民から集めた年貢の一部を納めず、私財として蓄えていたらしい。

 そのことを村民に知られ、領主に知られ、そしてあの日の事件が起きたのという。


 当時の法令では、これは貴族への反逆とみなされ一家もろともに処刑されてしまう。

 両親はリフレの命を守るために凶行におよび、思惑通りにリフレ自身の罪はうやむやとなった。


(あの惨劇が、すべてわたくしのため……? そんなバカなことがあり得ますか……!)


 両親の心情は、全て師匠の憶測でしかない。

 屋敷の焼け跡から発見した証拠書類を読んだ師匠の、ただの推測。


 唯一確かなことは、リフレの両親が村の資産で私腹を肥やしていたことだけ。

 だからこそ、師匠は今までリフレに真相を黙っていたのだと言う。


(あり得ません。憑魔となった者は人格をねじ曲げられ、かつての人間とは別の存在となる。そうでなければ、どうして……、どうしてわたくしの大好きなライハがこんな酷い世界を作れるのですか……!)


 気味の悪い作り物の幸福感を隠そうともしない街並み。

 ニルのいた北地区の惨状。

 それらを生み出した魔王とかつてのライハが、どうしてもイコールでつながらない。

 つなげたくない。


(人助けが趣味、ライハはそう言っていました。困っている人を見つけたら放っておけない、それがあの子でした……)


「あ……ッ!」


 ガタン!


 老人の悲鳴と物音で、リフレの思考は引き戻された。

 見れば荷物をかかえた老婦人が両膝をついて座り込んでいる。


 こんな時、ライハなら迷わず助けにむかうはず。

 自分の中のライハを信じたい。

 そんな思いがリフレの足を駆けさせ、手を差し伸べさせた。




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