13 お断り
「さて、僕が呼び出した理由は理解いただけたよね。というわけで、さっそく僕の研究に協力して――」
「お断りします」
「どうしてだいッ!!」
必要十分な説明をしたと思っていたのだろう。
ロークは両手を広げて絶叫した。
「この研究の意義、キミにも理解できる程度にかみ砕いて説明したつもりだがッ!?」
「そもそもあなた、このエリアを統括する魔族ですよね。ここに住んでいる人々を苦しめて絶望をすする、反吐の出る害虫ですよね。手伝う理由がありません。殺す理由しかありません」
「あぁ、そうだね……。キミが基礎的な知識すら持ち合わせていないことを失念していた」
やけに上から目線で尊大な態度のこの男。
師匠がにらみを利かせていなければ、とうにこの部屋は惨殺の現場となっていただろう。
「まずはこの島『ドゥッカ』の解説から始めよう」
ロークがパチン、と指を鳴らす。
すると中央のデスクに、島の全体像が半透明のビジョンとなって浮かび上がった。
「ドゥッカは中央にそびえる塔と、その最上部に位置する魔王城を中心として、雲上の四地区と雲下の四地区に分かれている」
空中に浮遊する四つの浮き島と、地表に位置するカベに仕切られた四つの区画、それらをロークは順番に指し示した。
魔王城から見えた空中に浮かぶ島の光景が、リフレの脳裏によみがえる。
「魔族はそれぞれ、好む絶望の味が異なるんだ。キミの見てきた雲下北地区の生産する、無力感から来る深い絶望を好む魔族は非常に多い」
「でしょうね、虫唾が走ります」
「そうだろうそうだろう。が、僕をはじめとして雲下西地区の魔族は違う。もう少しまろやかな絶望が好きなんだ」
「はぁ、それで?」
「興味なさそうだねぇ。つまり、だ。僕の治める地区では不必要に人間を苦しめたりしていない。北地区から老人方を引き取って、娯楽を与え、裕福な生活をさせているんだ。そこで生まれる絶望は、『どうして自分は老い先短いのか』さ」
手ごたえあり、と言わんばかりに彼はニコリと笑った。
「残り少ない人生となってから、生きる喜びを知ってしまった彼ら、彼女らからは、そういう絶望が生まれるんだ。ご老人方は健康的で充実した老後を送り、僕たちはそのおこぼれを頂戴する。どうだい? ウィンウィンな関係だろう? 僕は他の魔族とは違うんだ、わかってくれたかな?」
「……そう、ですね。よーくわかりました」
「おぉ、わかってくれたかい!」
にこやかに微笑むリフレ。
ロークは晴れやかな表情を浮かべながら、彼女に近づき握手を求めるが、
バギャッ!!
その顔面に深々と拳がめり込んだ。
ロークの体がきりもみ回転で吹き飛ばされ、戸棚に衝突してその下敷きとなる。
「魔族とは絶対に分かり合えないと、よく理解できました。善人ぶってのご高説、耳が腐りそうでしたわ」
「ぶ……っ、い、いいのかい……? 僕の支援を受けられなくなるが……。活動拠点を提供してあげようというんだよ?」
「魔族の手助けなど不要です。これまでも、これからも、絶対に手は借りません。死んでもゴメンです」
「……その魔銃」
リフレが腰に差している二丁の魔銃を、ロークが指さす。
「便利なモノだろう?」
唐突な話題の転換を不可思議に感じつつ、リフレは素直な感想を返した。
「……えぇ。わたくしの時代にはありませんでした。素晴らしい発明です」
「僕が作った」
「……!」
「僕の発明さ。気にいってくれたようで何よりだ」
立ち上がり、木くずやガラス片を払いながら、ロークがニヤリと笑う。
一方のリフレは大きな衝撃の中にいた。
魔族がなにかを生み出すなど、考えもしなかったために。
「魔族の手、借りたことになったんじゃないかい? 一度も二度も変わりないだろう」
「……ッ」
「怖い怖い。あぁ、そうだお嬢さん。キミにもお近づきの印にプレゼントを差し上げよう」
殺意のまなざしをむけるリフレに肩をすくめると、ロークはニナへと歩み寄った。
不信感むき出しの少女に差し出したのは魔銃と、そのグリップに差しこむための筒。
「リフレ君の持つものと同じ魔銃だ。こっちは魔力を持たない人間でも銃を撃つための、空気中から魔力を自動的に取り込み貯蔵するマガジン。護身用にいかがかな?」
「……もらえるモノはもらう。もう返さない」
「ご自由に。キミにあげたモノだからね。おっと、僕にだけはむけないでくれよ?」
〇〇〇
「お師匠さま、どういうつもりですか」
ロークの部屋をあとにして、客間に通されて早々。
師匠に掴みかからんばかりの勢いで、リフレの詰問がはじまった。
「魔族と協力して生き永らえていただなんて……! その上、わたくしをあの男と会わせて何をしたかったのです……!」
「色々と知れただろう? この島のこと、過去に何が起きたのか」
「お師匠!」
「……アイツぁ魔族の中でもとびっきりの変わり種だ。自分の知的好奇心のためならば、魔王を裏切ることもいとわない。利用するだけしてやればいいじゃないか」
「そのような……!」
どんな形であれ、魔族と協力関係を結ぶことに対する心理的な抵抗は非常に大きい。
敬愛する師匠の提案といえど、軽々しく首を縦には振れなかった。
「アンタのその、筋金入りの魔族嫌い。家族が憑魔となったあの事件が原因だろう?」
「……えぇ。優しかった両親が怪物になってしまう。それほどまでに人間と魔族はかけ離れた存在。絶対に分かり合うことなどできません」
もちろん、両親の件だけが今のリフレを形作ったわけではない。
魔王討伐の旅の中で出会った様々な魔族、それらの引き起こした惨劇の数々も、大きなウエイトを占めている。
が、全ての根幹はやはりあの日の夜にあった。
「その、両親が変わってしまった件が誤解だとしたら、どうだい?」
「……? なんと、言いました?」
「あの日の夜になにが起きていたのか、話しておこうと思ってねぇ。なにせ老い先短い身だ。この話を聞いてから、よーく考えな。憑魔のことと、ライハの小娘のことを、ね」




