12 会わせたい人物
おそらく医務室だったのだろう、寝かされていた部屋を出ると豪華な屋敷の廊下が広がっていた。
師匠に案内されて『会わせたい人物』に会いに行くその途中。
「お師匠、カベをまっすぐ駆け上った」
「カベを……ですか? 垂直に? 走って?」
「そう。リフレとアタシをかかえたまま、垂直に。で、となりのエリアまで逃げてきた」
「…………」
あまりに人間離れした師匠の挙動をニナから聞かされ、リフレは言葉を失った。
「なぁにマヌケ面してんだい、ポカンと口開けて。その程度の芸当、このアタシが出来ないとでも?」
「い、いえ……。わたくしの知るお師匠さまならやりかねませんが、しかしそのお歳で……」
そのお歳と言っても、出会ってからこれまで、師匠の正確な年齢は教えてもらっていないのだが。
いわく、レディに歳をたずねるのは失礼にあたるそうで。
(聞きたい……、今のお師匠様がおいくつなのか……。いや、そもそもどうして生きているのか……)
人間とは思えないこの師匠なら、寿命の概念を超越していてもおかしくない。
というか人間かどうかも怪しい。
まさか神が天からつかわした存在なのでは。
そんな思想がぐるぐると頭をめぐる中、
「お師匠、歳いくつ?」
「!?」
なにも知らないニルが、禁じられたその質問を遠慮無しにたずねてしまった。
瞬間、リフレに電撃が走る。
「そもそもお師匠、名前は? アタシ、聞かせてもらってない」
(わたくしだって聞かせてもらってませんよ、驚くべきことに……!)
育ての親のような存在にもかかわらず、なんとリフレは師匠の名前を教えてもらっていない。
いわく、レディは秘密のひとつやふたつくらい持っていた方が深みが出るとかで。
「名前に歳ぃ? はぁ、失礼な小娘だねぇ」
「小娘じゃない、ニル。リフレがくれた名前」
「そうかいそうかい。じゃあニル、覚えときな。レディにはね――」
「秘密のひとつやふたつ、持ってた方が深みが出るんだよ。……ですよね?」
「なんだいリフレ。よくわかってんじゃないかい」
「わかりますよ、何年いっしょに暮らしたと思ってるんですか」
懐かしい、変わらないやり取り。
二度と会えないと思っていた師匠との再会が実感として湧いてきて、リフレはこの時、目覚めて以来初めての心からの笑顔を見せた。
「……と、さて着いたよ。この部屋だ」
話し込んでいる間に、いつの間にか到着していたらしい。
大きなトビラは、いかにも屋敷の主の部屋といったおもむきだ。
「アタシだ、入ってもかまわないかい?」
「あぁ、いつでもどうぞ」
中から聞こえてきたのは、軽薄ともとれる男の声。
師匠が無遠慮にトビラを開くと、待っていたのは――。
「……魔族ッ!」
白い長髪の魔族の男。
リフレはすぐさま距離をつめ、首を飛ばすためハイキックをくり出すが、
「お待ち」
一瞬にして間に入った師匠によって、彼女の蹴りは片手で受け止められた。
「やれやれ……。魔族と見るや殺しにかかるのは悪いクセだね」
「お師匠さま……! なぜ止めるのです……!」
「ひとまず話だけでも聞きな」
師匠の言いつけに、しぶしぶながらも従うリフレ。
その背後で、ニルは魔族が惨殺されなかったことを残念に思っていた。
「助かったよ、お師匠さん。あやうく僕の優秀な頭脳が無に帰すところだった」
「礼なんざどうでもいい。それより連れてきてやったんだ。さっさと用件すませちまいな」
うながされ、魔族の男が前に出る。
殺気を放つリフレとニルを前にして、彼はまったく物怖じもせず語り始めた。
「やぁ、キミがウワサのリフレさんだね。ボクの名前はローク。ここ、雲下西地区を治める八区長の一人さ」
「八区長……? つまり魔王の手下、敵ですね」
「待った待った待った。キミと敵対するつもりはないよ。ただ個人的に興味があってね」
「そうですか、わたくしは興味ありません。害虫と語る言葉も持ち合わせておりません」
「頑なだねぇ。しかし、キミのその力。僕としては大変興味深いんだ。80年前、人類から失われてしまった超常の力をいまだ保有しているキミに、ね」
「……? 失われた……? 意味がわかりませんね」
自分も師匠も、以前の通りに力を使えている。
リフレにはロークの発言の意味がさっぱり理解できなかった。
「知らないだろうね。今の人類から、魔力や戦技のたぐいは失われているんだ。唯一と言っていい例外がキミの師匠と、そしてキミさ」
「……信じられません。ニル、これまで魔法を使える人に出会ったことは?」
「ないよ。魔法は魔族しか使えない、ずっとそう思ってた。だからあそこの連中、リフレが魔族を殺したとき、必要以上にビビってた」
信じがたい内容にリフレは師匠の顔をうかがうが、
「事実さ。ある時ぱったりと、誰もが魔力やスキルを失ってね。見計らったように魔族の大侵攻。あっという間に世界は滅びたのさ」
「そんな、ことが……」
師匠までもが肯定しては信じるしかない。
この世界の人間に、もはや魔族へ対抗する力は残されていないのだ。
「しかし、キミの師匠とキミだけは違う。この貴重なデータを寿命などに奪わせないため、僕の技術で彼女の寿命を引き延ばしてやっているんだが……」
「若いのが起きてきて、しわくちゃババアは用済みかい?」
「まさか。老人には優しいよ。長い付き合いなんだ、よく知ってるだろ?」