01 封印されし聖女
「ごめんね、リフレ。ごめんね……」
勇者ライハは涙を流してそうつぶやいた。
魔王の持っていた秘宝の一つ、永年櫃――対象を永久に封印するという棺の中へリフレの体を突き飛ばしながら。
彼女がなぜこのような行動をとったのか、リフレにはとんと見当がつかなかった。
二人で力を合わせ、長い旅の末に魔王を討ち滅ぼし、あとは王都へ帰るだけ。
長い戦いの果て、ようやくおだやかな日々が訪れるというのに。
「ライハ、どうして――」
どうしてこんなことを。
問いかけようとしたリフレの声は、首に絡まりつく鎖の圧迫感にさえぎられる。
首だけじゃない。
腕が、足が、胴体が、棺の中から飛び出した鎖に絡め取られ、体が固定されてしまう。
「こうするしかなかったんだ……。本当にごめんなさい……」
ゆっくりと閉まっていく棺のふた。
リフレが最後に見たのは、涙でくしゃくしゃになったライハの笑顔。
視界が闇に閉ざされ、棺の内部が催眠効果を持った低温の冷凍ガスで満たされると、リフレの意識は急激に薄れていった。
〇〇〇
……。
…………。
………………。
ガゴン。
プシューッ!
何がが外れるような音と、内部の気体が抜け出す音。
意識が急激に引き戻されていくと同時、体を襲う浮遊感。
棺のふたが開き、拘束を外されたリフレの体は中空に投げ出された。
これは、いったいなにが……?
そもそも、わたくしはいったい……?
困惑の中、リフレはとっさに受け身を取ろうとするものの、思うように体が動かず、
ドサっ。
固く冷たい石床に叩きつけられる。
「う……」
衝撃に肺の空気が押し出され、軽くうめきながら目をひらくと、そこは石造りのうす暗い倉庫の中。
美しい装飾のほどこされた武具や秘宝が整然とならべられている。
リフレの背後には棺が立てかけられ、鎖をダラリと垂れ下げて、地獄へと続く門のようにぽっかりと口を開けていた。
「……っ」
本能的に覚える恐怖感。
同時に、思考をぼんやりとさせていた頭の中のもやが晴れていく。
「……そう、わたくしはリフレ・セイヴァート。聖女の名を冠した者」
世界を支配せんとする魔王を倒すため、勇者であるライハ・プライアーとともに旅立ち、長い戦いの果てにとうとう旅の目的を達成した。
そのはず、だったのだが……。
「ライハ……」
自分を封印した彼女の悲しみに満ちた表情を思い出す限り、あの行動はライハにとって不本意なものだったはず。
「……いえ、そのことについて考えるのはあとです。まずはここから出なければ」
両の足に力を入れて立ち上がろうとするも、ぐらりと体がゆらぐ。
転倒しそうになるところを、カベに手をついてなんとかこらえた。
まるで体が自分のものではないような、長い間動かしていなかったような感覚だ。
「足に……、うまく力が入らなかった……。わたくしは何日封じられていたのでしょう……。それに、ここはいったい……」
見たところ、魔王城の宝物庫とは様子が違う。
封印されている間に、どこかへ運び出されたのだろうか。
その答えも、倉庫の外にきっとあるはず。
入り口はぶ厚い鉄のトビラ。
あの程度ならいくらでも出る手段はある。
「……体の感覚、戻ってきましたね」
手足を曲げ伸ばし、完全に感覚が戻ったことを確かめると、彼女はトビラのノブに手をかけた。
まずはカギが外れていないか確かめる、その程度の気持ちだったのだが……。
ギィィィ……。
トビラは錆びの混じった重い音を立て、いとも簡単に開いた。
予想に反した展開にリフレは目を丸くする。
この宝物庫、大したものを納めていなかったのだろうか。
イコール自分は大したものじゃない、という思考が頭をよぎり……。
「と、ともかく、これで脱出できそうですね!」
振り払って廊下へと進み出た。
さいわいにして、うす暗い通路には誰の気配もない。
この建物が敵対者のものかどうか、それすらも定かではないのだが。
コツ、コツ、コツ。
長い廊下を歩き、曲がり、また歩き、何度目かの角を曲がった時、光が見えた。
おそらくは日の光。
文字通り暗闇に差した光に、リフレは足を早め、暗闇になれきった目を細めながら光の中に飛び出した。
そこは風がほほをなでる、カベのない吹きさらしの廊下。
まず見えたのは空と、そして海の青。
ここは海に面した場所か、もしくは島なのだろう。
そこから視線を下ろすと、異様としか言えない光景が広がっていた。
黒い雲のようなもやにおおわれた地表。
数百メートルはあろうかという高さと不必要な分厚さを誇るカベが海岸線を取り囲み、内部からの脱出を拒んでいる。
さらに、黒いもやの上側には細い橋で結ばれたいくつかの島のようなものが浮いていた。
「こんな場所、こんな光景知りません……。わたくしは、いったいどこに連れてこられたのでしょう……?」
まるで別世界に連れてこられたかのような感覚。
目の前の光景に混乱、困惑していた彼女は、普段なら簡単に察知できる気配にも気づかなかった。
「あぁ……!? 人間、だと……?」
いぶかしげな、粗暴な声。
とっさに視線をむければ、そこにいたのは青白い肌の耳のとがった男。
「おい、てめぇどっから迷い込んだ!」
「……魔族」
その姿を目にした瞬間、リフレは獰猛な笑みを浮かべる。
直後、一瞬にして男の目前まで迫り、顔面をわしづかみにして床にたたきつけた。
グシャァッ!
「がっ……!」
金属質の床にひびが走り、魔族の男は後頭部から青白い血を散らしてうめき声を上げる。
目の前の淡い栗毛の髪の少女、その瞳の奥に宿る病的なまでの憎しみに、心底からの恐怖を感じながら。
「魔族……。魔族魔族魔族。まだ生き残りがいましたの。ならばきっちり、最後の一匹まで殺し尽くして差し上げませんとねぇ……?」